第16話 おごり

文字数 1,357文字

 少しして、家斉公が、小姓たちを従えて廊下へ姿をお見せになった。

ふつうは、部屋の奥から、こっそりと、女中たちを眺めるのが通例らしいが、

どういうわけか、上様自身が外へお出になられた。

遠目に、反対側の部屋にいた女中たちが我先にと、

部屋の外へ出てくる姿が見て取れた。

わたしが、池の鯉にえさをあげ出すと、

鯉たちが口を開けながら、わたしの前に集まってきた。

「あれはどなた? 」

 女中たちの注目が、わたしに集まった。

まるで、見世物小屋の珍獣みたいな醜態をさらした気分。

わたしが身を固くしていると、家斉公が動いた。

「上様! 」
 
 小姓たちの間から、驚きの声が上がった。

家斉公が庭へ舞い降りると、わたしへ近づいて来られた。

「えさ袋を渡すが良い」

 家斉公が片手を差し出すと告げた。

「はい」

 わたしがえさ袋を渡した次の瞬間、

家斉公が、えさを池に向かってまいた。

あっと言う間に、池中にえさが散乱した。

あっけにとられている矢先、家斉公がふんと鼻を鳴らした後、

反対側の縁側へかけ昇った。

次の瞬間、黄色い歓声が上がった。

家斉公が、女中たちに周囲を囲まれるようにして部屋の中へ消えた。

「どうやら、見込み違いのようじゃ」

 高岳様が告げた。

「え?! 」

 わたしが思わず、驚きの声を上げた。

「そなたの思い上がりというわけじゃ」

 高岳様がそう言い捨てた後立ち去った。

わたしははらわたが煮えくり返った。

(なんなのよ? 鼻を明かしてやったとでも? )

これはまさに、上役からにらまれた証拠。

「わああ! 」

 わたしが穴があったら入りたい心境で、

部屋へ逃げ込んだ一方、羽の方はうまくいったらしい。

それからまもなくして、羽の元へ、おしとねの声がかかった。

わたしが完敗したと表す負けのシグナル。

如月様は、自分の部屋から

お手付きを輩出したとして、鼻高々のご様子。

羽がお手つきとなった翌日。

わたしの元に、養父中野碩翁の使者が訪れた。

お手つきとなり、側室の部屋へ入った羽とは雲泥の差。

傷ついたわたしの心に、まるで、塩を塗るかのような来客だ。

「約束通り、そなたには、羽付の女中になってもらう」

 使者が告げた。

「側室付の女中になれと仰せございますか? 」

 わたしはショックを隠し切れなかった。

羽の部屋は、御年寄がいる部屋に近い。

「あちらから、こちらの動向を見られている。

逆手にとって、うまく取り入ることができたら、

他の側室たちを牽制することになるわけじゃ」

 さっそく、中野家から作戦が伝達された。

「いかにして、取り入るのですか? 」

 わたしはすぐに手紙で聞いた。

「そのぐらい、己で考え致せ」

 すると、冷たい返事が届いた。

お手付きになれたからと言って、すぐさま、懐妊するとは限らない。

家斉公は良い意味で、分け隔てなく御台所や側室たちに接する。

悪い意味で、気が多くて優柔不断。

わたしとしたことが、お目に止まるどころか悪目立ちしてしまい、

今後、どうやって、名誉挽回するのか途方に暮れた。

「ねえ、るう。はじまりは、姉妹だったわけじゃない?

今は、わたしの方が、上になってしまったけれど、

同じ家の者同士、お家の為力を合わせましょうよ」

 羽が同盟を求めてきた。

「どうせ、一生、ここから出ることはないんだし、

与えられた運命の元で生きてゆくしかない」

 わたしは、己に言い聞かせると覚悟を決めた。










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