第27話 探索

文字数 2,053文字

 御用商人として、江戸城へ出入している献残屋が一軒ある。

如月様の部屋子時代。何度か、贈り物の引取に立ち会った。

「最近、見ないと思いきや、御使番に転身していたのですか」

 「献残屋」の幸吉さんが告げた。

「さようでございます。実は、折り入って、お頼みしたい件がございます」

 わたしが、幸吉さんに事情を耳打ちした。

「そういうことでしたら、お安い御用だ」

 幸吉さんが快諾した。

もちろん、包み隠さず全て話したわけではない。

大奥からの依頼だとして、大崎様の名前は伏せた。

商いは信頼関係で成り立っている。

調査に協力してほしいと言われたらことわれない。

「それにしても、若いのに、こき使われて大変だねえ」

 幸吉さんが告げた。

「はあ。お役目ですから」

 わたしが曖昧に笑った。

幸吉さんのお店は、菊を育てる際に通った如月様の拝領屋敷だ。

「また、お世話になります」

「るうさんだったら、いつでも、大歓迎ですよ」

 店を切り盛りしている女主人、おなつさんが歓迎してくれた。

しばらくの間、ここへ通い調査をすることになった。

「献残屋」は、買い取った贈り物を詰め替えて、

装丁や献上台を新しくしてから店頭で売って儲けている。

顧客の中には、それを買い求めて再度、

他家への献上品に用いる人もいると言う。

「台帳には、注文日、顧客の名前、品名、数が書いてあります」

「さようですか。つかぬことをお伺いしますが、

贈り物の宛先も調べることができますか? 」

「はい。もちろんです。うちの店は、配達もしていますから」

「では、配達表も一緒に拝見させてくだされ」

 臨時に、店の奥に設けてもらった

わたしの机の上や周りには、大量の書類が山積みされた。

「ひとりでは大変じゃないのかい? 」

 おなつさんが気を遣って聞いてきた。

「そんなことありません。

これしきのこと、ひとりで平気ですよ」

 わたしが告げた。

大変な事は自覚している。しかし、密命を受けた以上、

第三者に協力を頼むわけにもいかない。

他の見習いたちには、羽さんの部屋へ手伝いに

駆り出されていると伝わっている。

みんな、わたしが、羽さんと同じ中野家の養女だと知っている。

羽さんは、初めてのお産を控えている為、

気心の知れた女中が、ついていると良いと思われている。

「もし、良ければ、写す作業を手伝いましょうか? 」

 幸吉さんが仕事の合間、手伝ってくれると申し出てくれた。

「いいえ、けっこうです」

 わたしがきっぱりとことわった。

万が一、調査の内容が外に漏れたら大変だ。

それから1週間後。大奥へ戻るや否や、すみさんが訪ねて来た。

「進行状況を聞いて来るよう、申し遣っています」

 すみさんが、誰もいないことを見計らうと小声で告げた。

「思いのほか、量が多すぎて手間取っています」

 わたしが思わず本音を漏らした。

「大崎様が、途中でも良いから、ご覧になりたいと仰せです」

 すみさんが告げた。

「さようですか。ではこれを一式お持ちくだされ」

 わたしが、写しの束を手渡すと告げた。

「よく、短期間で、これだけの量を写し終えましたね」

 すみさんが感心したように告げた。

「まだ、ございます」

 わたしが苦笑いすると言った。

「わかりやすく、まとめてあります。満点の出来です」

 すみさんが穏やかに告げた。

「初めてのことで、自己流でやっていまして‥‥ 」

「これだけあれば、充分だと思います。

ご苦労様でした。明日にでも、大崎様のお部屋へいらしてくだされ」

 すみさんがそう告げた後、部屋を出て行った。

翌朝。大崎様の部屋を訪ねた。すると、見知らぬ人たちが同席していた。

「先日、お話したるうです。お万の方様、お楽の方様」

 大崎様が、お2人にわたしを紹介した。

「賢そうな娘じゃ」

 お万の方様が、わたしを見つめると告げた。

お万の方様は、御台所の次に権力があると言われている。

大奥の影の支配者的な存在と噂されている。

それと言うのも、家斉公の御内証の御方だからだ。

「るう。おまえの名を心にとどめておく。今後もよしなに頼む」

 お楽の方様が意味深なことを告げた。

お楽の方様は、将軍世子の生母だ。

「るう。ご苦労様であった。おまえにお礼をがしたい。

何なりと申すが良い」

 大崎様が目を細めると告げた。

「めっそうもございません。お礼などけっこうです」

 わたしが告げた。

「口止め料じゃ」

 お楽の方様が告げた。

「はあ。それでは、ひとつ。お願いしたいことがございます。

1日だけでも良いので、宿下がりをさせてくだされ」

 わたしがその場にひれ伏すと願い出た。

今まで何度か、拝領屋敷へ通う為、大奥を出入りしているが、

自由に、行きたい場所へ行けているわけではない。

「相分かった。1日だけ宿下がりを許そう。

ただし、これをあるお方に届けてもらいたい」

 大崎様がそう言うと、わたしに書状を手渡した。

「これをどなたへお届けすれば、よろしいのですか? 」

 わたしが身を乗り出すと聞いた。

「越前屋という名の宿におられる。主に、わたしの名前を伝えれば、

その方がおられるお部屋へ案内してくれるだろう」

 大崎様が答えた。

 



 














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