第22話 御使番

文字数 1,477文字

 本来ならば、御目見え以下の御使番から実績を重ねて

表使に昇進することから、わたしはいったん、御使番にさがった。

このまま、やがては、側室になるだろう羽に仕えていれば、

そこそこいけたかもしれないのに、

何故、いまさら、御目見え以下に戻るのだと、

羽たちから引き止められたものの、

わたしの決心は変わらなかった。

わたしとしては、ぬるま湯みたいな環境下、

うだつが上がらない一生を送るよりは、

己の力で得ることの方がはるかに尊い。

御使番は、番部屋に詰めて下ノ錠口の開閉を行ったり、

広敷役人との取次役を務める他、御台所から寺などへの代参を

言い遣った女中のお供や、文章類や進物などを受け取り、

御広敷へ渡す役目も担当する。

新たに採用された御使番たちは適正に合わせて、それぞれお役目についた。

わたしは、代参のお供役を仰せつかった。

初仕事は、御台所付の老女波浦に仕える

女中、まるさんの代参のお供だ。

以前から、まるさんの人柄は知っていたが、

面と向かって話すことは初めてだ。

まるさんは、才色兼備を絵に描いたような女性だ。

すぐにでも、家斉公のお手が付きそうな気がするが、

さすがに、御台所付とあって、

「最後の切り札」として大切にされているのだろう。

秋に、観菊を控えていることもあり、

代参の帰り、市中の植木屋を視察することになった。

籠が沿道を通過する際、偶然、近くを歩いていた人たちが

道の端によけると、土下座して通り過ぎるのを待つ。

わたしは、すだれの向こうを眺めながら不思議な気持ちになった。

1年ほど前まで、わたしも、道の端にいる通行人のひとりだったのだ。

「ところで、大奥でも、菊見の行事があるとは知りませんでした」

 わたしが告げた。

「実は、吹上御殿より、市中の菊を視察して来るように仰せつかった。

できるだけ、世間と同じようにしたいとのことだ」

 まるさんが告げた。

「何軒か、顔見知りの店がございます」

 わたしが知り合いの植木屋を紹介した。

菊見の時期が差し迫ると、種苗が市場に出回る。

年に一度、江戸近郊の植木屋組合が品評会を主催する。

その際、植木職人はじめ、身分関係なく園芸好きな人たちが、

丹精込めて育てた自慢の菊を出す。

優秀な評価を得た人たちには、賞金が授与される。

「大奥の菊見においても、品評会が行われますか? 」

 わたしが前のめりの姿勢で聞いた。

「あるにはあるが、男役人らが菊を出す。

我らは拝見するだけですよ」

 まるさんが答えた。

「奥女中には参加資格がないのでございますか? 」

 わたしが思い切って聞くと、

「何を申すかと思えば、そのようなこと前例なきこと」

とあきれかえったような返事が返ってきた。

「もし、参加させていただけるのでしたら、やってみたいんです」

「るうさん。あなたが考えるほど簡単ではありませんよ」

「わかっています。なれど、興味があります」

「良ければ、育て方を教えましょう」

 わたしの様子を見て、植木屋の主人が助け舟を出した。

「前から、風変わりだと思っていたが、奇妙なことを思いつくものだ。

御台様に聞いてあげますよ」

 まるさんが告げた。

「ありがとうございます。よしなにお願いします」

 わたしがお礼を言った。

「こちらこそ。お店を紹介してくれたおかげで、良い報告ができます」

 まるさんが穏やかに告げた。

代参から数日後。まるさんから返事が届いた。

なんと、女中の参加が今年から認められたのだ。

わたしの他にも、複数名の参加希望があったらしい。

品評会前の数ヶ月間。わたしは、市中にある如月様の拝領屋敷へ通う許しを得た。

拝領屋敷の庭にて、参加者たちと共に、品評会に出す菊を育てることになった。






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