第10話 はじめの一歩

文字数 1,594文字

 養父中野定之助が名を「中野碩翁」と改めた。

わたしと羽が大奥へ奉公することになった。

この時初めて、養父が、10歳頃まで大奥で暮らしていたことを知った。

大奥には、江戸やその近郊から集められた

総勢3000人の独身女性たちがいるとされている。

上様のお目に止まり、側室になる為には、

御目見え以上の女中の引き立ては必須。

いくら、生まれつき教養豊かで器量良しだったとしても、

引き立てがなければ、機会を与えてもらえない。

大奥の権力争いダントツトップは、

家斉公がお世継ぎとして西の丸にいた時代から、

勢力を拡大して来た将軍付御年寄の大崎。

大崎は、同じく御年寄の高橋と組んで、

ある密命をはたす為、水面下で動いていた。

一方、先代の御台所付御年寄の高岳や滝川が、

老中頭の田沼意次の後押しを受けて大奥に居残り、

新勢力を牽制していた。

奥入りする前のお改めは決して、気分の良いものではなかった。

中野家の養女となった経緯や奥入りする心がまえを質問された後、

複数人の女中たちの前で、裸にされた。

羽が恥じることなく、堂々と身体検査を受ける一方、

わたしは羞恥心のあまり、始終、うつむいていた。

「これにてお改めを終了します。着物を着るが良い」

 女中頭が冷静に告げた。

わたしたちは、同じ日に奥入りした他の娘たちと一緒に、

大奥を案内してもらった後、他の娘たちと別れて、

御目見え以上の女中たちがいるエリアへ向かった。

「御目見え以上の女中たちのお世話が仕事です」

 部屋に入るなり、案内役の女中が告げた。

「羽。るう。そなたらは、表使の如月様にお仕えせよ」

「承知しました」

表使とは、大奥の外交役を務める役職。

大奥の買い物を任されており、大奥の男役人との連絡役も務めている。

人数は7名。如月様は、その中で最も経験豊富で上役からの信頼が厚い。

如月様の部屋にはすでに、先輩女中がひとりいた。

その名を「ころ」と言い、言われた事しかやらない言わない

忠犬ハチ公みたいな人柄の女中だと言われている。

「良いか。よけいなことは一切せぬように。

わたしが言ったことをやることが、そなたらの仕事と心得よ」

 ころが初っ端からくぎをさした。

ころが席を外して、ふたりだけになると、羽が大きなため息をついた。

「なんか、堅苦しい。あれでは先が思いやられる」

 羽が嫌そうな顔で言った。

「さようね」

 わたしが言った。

「ころさんは見た感じ、わたしたちと年が変わらなそう。

もっと、気さくに接してくれると良いのに」

「たとえ、年が近くても、むこうの方が先輩なんだから」

「ねえ。わたしたちが、奥入りした目的を忘れていないわよね? 」

 羽が顔を近づけると告げた。

「ええ」

 わたしがうなづいてみせると、羽がふっと笑った。

わたしたちは、側室になる為、大奥へ奉公したのだ。

「わたしは1日も早く、上様のお目に止まってみせる」

 突然、羽が宣言した。

わたしは、羽のまっすぐな瞳にハッとさせられた。

この娘なら、上様のお目に止まるかもしれない。

それだけの魅力があると思った。

一方、わたしはどうだろう?

翌朝。起床するとすぐ、ころさんから課題を与えられた。

1週間以内に、表向きのお役人様全ての役職やお人柄を

手段は何でも良いから調べて把握するというものだ。

幕閣に強い発言権を持つ人たちの氏名が記された紙を渡された。

「簡単だわ。手紙で問い合わせるだけで良い」

 羽の一言に、ころが目をつり上げると、

「それはどうかと思いますよ。自力で調べてこそ身に付く」

 とすかさずとがめた。

「自力でとな? 」

 羽が言い返した。

「わかりました。今すぐ、取り掛かります」

 わたしは、羽の着物の袖を引っ張って止めた。

「なに? 」

「言い返して何になるの? 」

「じゃあ、どうやって調べるわけ? 」

「足で稼ぐしか他ないと思う」

「あっそ。わかった。別行動ということでよろしく」

 かくして、わたしたちは、それぞれの方法で課題をこなすことになった。

 
























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