第12話 野心

文字数 1,199文字

 課題の締め切り当日。

わたしと羽がそれぞれ調査書を提出した。

調査対象者は以下の通り。

田沼意次 松平康福 水野忠友 横田準松

阿部正倫 松平信明 鳥居忠意 牧野貞長

「よく調べたわね」

 ころさんが、調査書に目を通すと満足気に言った。

羽とは別行動だった。おそらく、手紙で問い合わせたに違いない。

「この課題で、いったい、何がわかるんですか? 」

 羽が身を乗り出すと質問した。

「わたしたちがお仕えしているのは、

表使の職につかれているお方なわけ。

表向きの事情をある程度、頭に入れておかないと足手まといになるの」

 ころさんが神妙な面持ちで言った。

「なるほど」

 わたしが思わず小さくうなった。

「つかぬことをお聞きします。部屋子と言うのは、

具体的には、何をすれば良いのですか? 」

 羽が、ころさんに聞いた。

「身の回りのお世話をします。たとえば、着替えを手伝ったり

食事やお茶時のお相手を務めます。

それに、衣服の管理、部屋の掃除。外出時のお供とか‥‥ 」

 ころさんが答えた。

「下女みたいなものですか? 」

 羽が言った。

「羽。それはちょっと言い過ぎ」

 わたしがフォローした次の瞬間、ころさんが顔をしかめた。

「わたし、この仕事に就いて3年だけど、

やりがいを感じているわけ。そんじゃそこらの女中とは違うわけよ」

 ころさんが反論した。

「ころさんのおおせの通りです」

 わたしが苦笑いしてそう言うと、羽が目を見開くと告げた。

「わたしなら、3年はかかりません。1年で結果を出します。

来年には、上様の側室になっていると思います」

(1年で、側室になるですって?? その自信どこからくるわけ? )

「あっそ」

 ころさんが素っ気なく言った。

「ころさん。わたしはあの‥‥ 」

 わたしも同じ目標ですとは、口が裂けても言えない雰囲気。

「中野家の養女なんですから、目指す所も違うと言うわけね」

 ころさんが冷ややかに告げた。

この日を境に、ころさんが、羽を見る目つきが変わった。

わたしはそのつど、聞きながら動いているが、

羽は自由にふるまっている。ある意味、うらやましい。

それから半年後。ついに、上様のお目に止まる機会が訪れた。

しかも、わたしと羽が一度に対面するのではなく、

それぞれ別の機会ということになる。

羽が勝手に、己に課した1年の半分が過ぎようとしていた。

このあいだ、全くと言っていいほど、

上様のお目に止まる機会などなかったことから、

わたしたちはいつになく、気合が入った。

ころさんはゆくゆくは、如月様の跡を継ぐのだろう。

わたしたちは、御中臈候補として如月様の部屋子になった身なのだ。

如月様としても、もし、わたしたちのどちらかが、

側室となり跡継ぎを産んだら、将来の道が明るいと言うわけ。

先方はわたし。

鷹狩の休憩時、立ち寄る茶屋での接待を手伝うことになった。

鷹狩と言うと、兄のことが思い出される。

女性好きな家斉公らしく、茶人ではなく、奥女中をご所望とのこと。






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