第21話 正義

文字数 951文字

 珍しく、義兄から手紙が舞い込んだ。

手紙によると、御用取次の横田準松が、江戸打ちこわしの際に

事実と異なる報告をしたとして罷免された。

倅が急遽した頃から、体調が良くないとして、

老中頭を辞職すると周辺の人たちに話していた田沼意次が、

横田の辞職に追い打ちをかけられたかのごとく、休職を願い出たらしい。

噂によると、家斉公の実父にあたる治済様が中心となり、

田沼派を幕閣から追い出そうとしていると言う。

わたしが、どちらにつくのか気になっている様子に思えた。

もちろん、わたしと羽は一心同体の身。

いつになく、慎重に振舞うところだ。

そこで、養父の中野碩翁へ手紙を出すことにした。

おそらく、養父は、主君である家斉公に従うだろう。

手紙を出してから3日後。

田沼派の高岳様と滝川様が、田沼派の排除に対して異議を唱え出した。

一方、反田沼派の大崎様と高橋様は、

一橋邸を介して、要人たちと密書を取り交わしていた。

大奥に大きな味方を得た治済様の言動がさらに大胆になった。

家斉公へ、田沼意次の罷免要請を願い出たのだ。

市中では、田沼意次が主導した政への批判が高まっていた。

時を同じくして、白河藩主松平定信の名声が世にとどろいていた。

どこふく風と行きたいが、そうもいかなくなった。

誰が調査したのか、わたしが、世直し明神の妹であるとの

突然、悪い噂が大奥を走り抜けた。

ある人が、わたしのことを、養父中野碩翁が

発言権を高める為の間者だと批判した。

それでも、大ごとにならないわけは、

養父が、家斉公の大側近であること。

家斉公の乳母でもある大崎様から信用を得ていること。

同じく中野家の養女である羽が、お手つき上臈だということが大きい。

嵐が過ぎ去るのをひたすら待っているわけにも行かない。

羽と違って、わたしが置かれている立場は弱いからだ。

養父からは、特にこれと言った助言を得られなかった。

だから、自分で考えるしかない。

わたしにとって、一世一代の好機が訪れようとしていた。

大奥の中で、わたしができることと言えば、役職を得ることしかない。

意を決して、元上役の如月様へ推薦を願い出た。

最初こそ、羽はどうするのかと問われたが、

羽の行く末よりも、今は、自分のことが大事だ。

やっとのことで、推薦状を頂戴して、

わたしは、羽の元を離れて、表使見習いの道を歩くことになった。









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