第23話 拝領屋敷

文字数 1,067文字

 表使は、給料の他に城下町の一角に屋敷を拝領する。

ふだんは、大奥の長局に住んでいる為、自分がその屋敷に住まず、

その屋敷を貸して家賃収入を得ている。

わたしの他に、同じく見習いの2人。

さよさんとわさん。皆、武家出身の娘。

「菊と言うより、花を育てること自体初めてです」

 さよさんが控えめに告げた。

「花は好きです」

 とわさんが冷静に告げた。

「これより、大会まで、あなた方の指導を担当してくださる先生方です」

 如月様が、わたしたちに先生方を紹介した。

「川村と申す」

「春日です」

「町田じゃ」

 彼らは、吹上花壇役を任じられた人たち。

ふだんは、吹上御園で働いている。

それぞれ、わたしたち3人について個人指導してくれることになった。

「春日さん。よしなにお願いします」

 わたしがあいさつすると、春日さんが、返事の代わりに本を手渡した。

「あの、これは? 」

 わたしが聞いた。

「園芸の基本や花の種類が書いてあります」

 春日さんが答えた。

「ありがとうございます」

 わたしがお礼を告げた。

「育てる菊の苗木は、我々が用意しました」

 町田さんが告げた。

「初の試みでござる。大奥だけでなく表向からも、

関心が寄せられていることを心得て励むように」

 川村さんが神妙な面持ちで告げた。

その日から、朝早くに来て、日が暮れる前に帰る生活を送ることになった。

もちろん、寄り道は禁止。大奥から伴った監視役付きだ。

菊を育てる以外の自由は一切なし。外との交流はなし。

それでも、「女の牢獄」みたいな所から

解放されることを思えば、まだ、ましなのだ。

春日さんたちは、さすがは、専門家だけに知識が豊富。

つかず離れずの距離感を保ちながら、妙な信頼関係が生まれた。

毎日、つきっきりと言うわけにもいかない。

春日さんたちは本業優先な為、不在なこともある。

雨が降った日は突然、休みになることも少なくない。

そんなときは、大奥にて、文物や進物の管理や行事の手伝いをする。

そんなある日。春日さんが、江戸近郊の山へ探索へ行かれた。

たとえ、春日さんが不在であっても、菊の管理を行わなければならない。

何故か、春日さんがいないさみしさを感じた。

「るうさん。なんだか、今日は元気がないですね」

 水やりの後、さよさんが、わたしに言った。

「そんなことないです」

 わたしがはぐらかした。

「このまま、何事もなく、育つと良いわね」

 とわさんが、空を見上げると言った。

青い空に、ぽっかり浮かんだ雲を眺めていると、

自分が大奥にいることを忘れる。

そこらにいるふつうの娘に戻った気がしてくる。

拝領屋敷を出る時は、後ろ髪惹かれる思いがした。


















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