第15話「猫分不足」

文字数 1,728文字

 お腹の調子があまり良くなく、第二保健室で自主学習をさせてもらっていたところ――、

――ハックショーン! ハックショーン! ………………ハァァックショーン!

 廊下から、盛大な三連続くしゃみが響いてきた。

 用務員さんか誰かだろう。

「この時期はイネ科かしらね~」

 頬杖をついてそれを聞いていたミナちゃん先生。
 ふと思い立ったように、僕に訊ねてくる。

「そういえば、一号くんって花粉症はないの?」
「ないです」
「アレルギーは?」
「食べ物はないんですけど、猫がダメなんですよね。
まぁ、言っても軽度ですけど」

 英文の和訳をしながら僕が答えると、ミナちゃん先生から同情の悲鳴が上がった。

「え~~!? それは……気の毒に……」

 そしてしょんぼりとしょげかえる。

「猫、好きなんですか?」
「ええ! うちで飼ってるもの! 
すっごく人懐こくて優しい子なの! 
座ってると膝の上に乗ってきて、そのまま丸くなって寝ちゃったりして」
「かわいいですね。和みます」
「そう! 毛並みもふわふわもふもふで、ずーーーっと撫でてられるし――……なのに、一号くん、それが出来ないにゃんて……」

 猫の話をしていたから、猫と戯れている時の言葉遣いが出てしまったのだろう。
 本人は気付いてないようなのでそこには触れず、曖昧に笑って和訳に戻った。

 ☆ ☆ ☆

 チャイムが鳴って、授業時間が終わる。
 それに合わせて僕も休憩に入った。

 するとミナちゃん先生が、タブレットを持って僕の隣に腰掛けてきた。

 何かと思えばタブレットには、猫の動画が流れている。

 小奇麗な和室を、サバシロ柄の猫が、にゃーにゃー言いながら歩いていた。

「猫動画を観て、不足してる猫分を摂取しましょう」

(そんな、ビタミン不足とかカルシウム不足みたいなノリで言われても……)

 けれどまぁ、僕も動物の動画を見るのは好きだ。
 それにこれも、猫アレルギーの僕のために、ミナちゃん先生が気を利かせてくれてのこと。
 ありがたく楽しませてもらおう。

 机にタブレットを置き、僕とミナちゃん先生は肩を並べて、動画に見入る。

 この猫、目がクリッとしていてかわいいなぁ~とかぼんやり思っていたら、画面に一人の女の子が写り込んできた。

 フードからは耳が、お尻からはしっぽが生えた、猫の着ぐるみ型のルームウェア――それを着込んだ女の子が、ぺたんと畳に座っており、猫はその膝の上に登っていく。
 
 そしてごろーんと寝そべった猫を、女の子はこねくり回し始めた。

「あれ?」と、僕は眉根を寄せた。

 女の子はフードを被っているし、膝上の猫に夢中のため、顔は見えない。
 しかしその何気ない仕草や居ずまいに、僕は既視感を覚えた。

「……これ、もしかしてミナちゃん先生ですか?」
「そうよ。おじいちゃんが撮ってくれたの」

 動画サイトか何かかと思いきや、なんとこれ、ミナちゃん先生のプライベートビデオだった。

『ミナちゅわ~ん、こっち向いてくだちゃ~い』

 撮影者のものだろう。

 年配男性の猫撫で声に呼びかけられて、画面の中のミナちゃん先生は顔を上げた。

 その表情は猫にメロメロでとろけきっており――って、それよりも気になることはだ。

「今の声、校長先生ですか?」
「ええ」
「……そうですか……」

 あの人、相手がミナちゃん先生だとこんな甘ったるい声を出せるのか……。
 
 めちゃくちゃ厳つい、歴戦の将軍みたいな人なんだけど……。

 ともあれ校長に呼びかけられたミナちゃん先生は、猫の両脇を掴み、ばんざいの格好で持ち上げた。

 そして、





『うにゃにゃにゃにゃ~♪』





 カメラに向かって猫の前足を、手招きするようにぴょこぴょこと動かした。

 ミナちゃん先生自身も猫に扮しているため、二匹の猫がそこにいるようだった。

「…………」
「えへへ~。かわいいでしょ~。うちの猫~」
「……はい」
「猫分、摂取できた?」
「はい、たっぷり」

 思わず猫撫で声になってしまうそのお気持ち、よーーーくわかりました。校長先生。
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