第30話「レイニーハングマン」

文字数 1,526文字

「よく降るわねぇ……」

 頬杖をついたミナちゃん先生が、窓の外を眺めながら独り言ちた。

 朝から――いや、数日前から断続的に降る雨が、世界を灰色にぼやけさせている。

 梅雨である。

「憂鬱ですよねぇ……」

 梅雨は嫌いだ。
 顕著に身体がだるくなってしんどい。
 手元の数学の問題集も、遅々として進まない。

 なのでミナちゃん先生の独り言に弱々しく反応すると、先生はつんと唇を尖らせた。

「もー。辛いなら無理しないで寝てなさい?」
「まだギリギリいけるくらいのだるさなんで……」

 僕が答えると、またミナちゃん先生は「もー」とひと鳴き。
 そして、

「……雨、早く上がるといいわね」

 と優しく呟いた。

 思い上がりでなければ、それは僕の体調を案じてくれてのことのようで、この雨のように、胸に染み入った。

「――そういえば、クラスの女子がてるてる坊主作って遊んでたなぁ」

 ふと思い出して、今度は僕が独りごちる。

「雨うざーい」「てるてる坊主カワイー」とか言いながら、色ペンと化粧道具を駆使し、やたらカラフルなてるてる坊主を吊るしてキャッキャしていた。

 楽しそうだなーと、僕はそれを遠巻きに眺めていたが、

「てるてる坊主……」

 なにやらミナちゃん先生が、眉間にしわを寄せ、渋い顔で呻いた。

「……どうしたんですか。何かてるてる坊主に嫌な思い出でも?」
「嫌な思い出ってわけじゃないんだけど、わたし、てるてる坊主苦手なのよね」
「なんでまた」
「てるてる坊主の歌、あるじゃない? 
あれの三番の歌詞、知ってる?」
「知らないです」
「晴れなかったら首をちょん切るぞって、てるてる坊主のこと脅してるのよ」
「ええ……」

 何の冗談です? とか思いつつスマホで調べてみたら、本当にそんな内容の歌詞だった。

 童謡とか童話って、結構毒を利かせたの多いよね……。

「吊るされた挙句晴れに出来なかったら首をちょん切られちゃうなんてあんまりだわ。
……アマタツは何も悪くない……!」
「急に天気予報士の話になりましたね」
「はっ! つい。
天気予報士も恨まれがちで気の毒に思ってたものだから、ごっちゃになっちゃったわ」

 ほのかに赤面するミナちゃん先生。

 ともあれ、見ていて心が痛むからてるてる坊主が苦手だなんて。

 優しい人だ――僕は感心した。

 が、

「あと単純に、見た目が不気味で怖いのもちょっと……」

 訂正。
 優しさからだけじゃなかった。
 てるてる坊主への怯えもあったようだ。

「オバケとハングマンのミックスみたいじゃない」

 ははぁ、さすが帰国子女。
 オバケといって想像するのがあの、カーテン被ってるタイプのほうか。

 僕なんかは頭に三角の布を巻いてるタイプをイメージしてしまうが、なるほど。
 言われてみればあれは確かに首吊りオバケだ。

「そういうわけで、ごめんね? てるてる坊主、吊るしてあげられなくて」

 申し訳なさげにしょげるミナちゃん先生。

「いいですよ別に」

 僕は笑って返した。

 すると、




「あーした天気にな~れ!」




 不意に唱えられたおまじない。

 ミナちゃん先生が椅子に座ったまま、ナースサンダルを蹴り飛ばした。

 ナースサンダルは緩やかな放物線を描き、部屋の隅にぽてっと落ちる。

 その結果に、僕とミナちゃん先生は顔を見合わせて笑い合った。

「――よかった。明日は晴れみたいですね」
「ええ! 今日さえ乗り切っちゃえばこっちのものよ!」

 確かアマタツの天気予報では、明日も雨だったはずだが……僕はミナちゃん先生を信じよう。
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