第33話「トランプ合戦」
文字数 3,728文字
ある日のこと。
ふらっと第二保健室に立ち寄ってみると、とても賑やかなことになっていた。
「8切り、革命、8切り、階段で……あがり!
ふっふ~ん。またわたしの勝ち~。大富豪~」
「え~? どうして~? 本当に一回も勝てない~」
「インチキだ! イカサマだ!
このチビ、絶対あたしらの手札見えてるぞ!」
ミナちゃん先生、芽野先生、朱雀井さんの三人が、トランプをしていたのだ。
ゲームは大富豪。
戦績の方は、ミナちゃん先生の連戦連勝のようだ。
「インチキでもイカサマでもありませーん。実力でーす」
「実力って……え、もしかしてお前、透視能力を使えるとか……?」
「どうしてそうなるのよ……。
あのね、誰がどんなカードを出したかで、相手の持ち札って大体読めちゃうものなのよ」
「え、マジで? やべえ……。
このチビ、人の心を読めんのかよ……サイコメトラーだ……」
「いやだからそうじゃなくてね? 相手が出した手札を覚えて――」
「……?」
懇切丁寧に説明してあげるミナちゃん先生。
けど朱雀井さんは最後までよくわかってなかった。
☆ ☆ ☆
「一号く~ん、助けて~。ミナちゃんが私のこといじめるの~」
「!? い、いじめてないわよ!
いじめてないからね!? 一号くん!」
僕の来室に気付いた芽野先生が、トランプを放り出して僕のもとに駆けてきた。
……というか抱きついてこようとした。
なので僕はそれをさっと避ける。
「いじめられてたわけじゃないでしょ。
ただ単にミナちゃん先生が強すぎるだけで」
そう。さすがは10才にして大卒の天才児といったところだろうか。
この手の頭脳ゲームをやらせたら、ミナちゃん先生の右に出る者はいない。
かくいう僕も、ミナちゃん先生の家に遊びに行った時に将棋を指して、その圧倒的な実力差に唖然としたクチだ。
しかしだからこそ、芽野先生が僕に泣きついてきたくなる気持ちも、ちょっとわかる。
ミナちゃん先生をいじめっ子扱いするのはいただけないけど、あれは悔しいものだ。
僕がミナちゃん先生の肩を持つと、ミナちゃん先生はほっと胸をなでおろしたが、芽野先生は拗ねて唇を尖らせた。
「しゅーん。またそうやってミナちゃん先生の肩持つんだー。
贔屓だー。
妬けちゃうなー」
「ミナちゃん先生をいじめっ子に仕立て上げようとさえしなければ、芽野先生にも同情しましたよ」
「そうなのー? じゃあもうミナちゃん先生をいじめっ子なんて言わなーい」
「はい」
「逆に私がいじめっ子になるー」
「うん?」
「ミナちゃん先生を『もーもー』鳴かせるくらい、トランプで圧勝するー」
「…………」
芽野先生が、急に何か言い出した。
今しがたミナちゃん先生の実力を痛感させられたばかりだというのに、まさかの勝利宣言だ。
「……はは。ええ、頑張ってください。応援してます」
「あー、一号くん、私がミナちゃん先生に勝てるって思ってないでしょー?」
また唇を尖らせる芽野先生。
今のは確かに、愛想笑いで流そうとした僕が悪い。
「すみません。でも、ミナちゃん先生強いし……」
「勝てるわけない、と……。
じゃあもし私が勝てたら、何かくれる? ご褒美に」
「え?」
そうきたか。
芽野先生がニヨニヨと笑っているのを見るに、話をこういう流れに持ってきたのは、計算づくだろう。
僕は胡乱な目で芽野先生を見返す。
「何を要求するつもりですか?
いつぞやのバドミントンみたいに、僕を第一保健室の預かりにするとか?」
「ううん。今回はそういうのじゃなくて、ちゃんと一号くんがくれるものー」
「お金?」
「ぶぶー。私にくれても減らないもの」
「……ハグとかそういう、接触系?」
「ぶぶー。私には指一本触れなくてもいいやつだから、安心して~」
接触系でもないのか……。
なんかこの人、平気でご褒美のチューとか要求してきそうで怖かったんだけど……
警戒して僕が慎重になっていると、ミナちゃん先生が横から言う。
「まぁ、わたし絶対負けないから、大丈夫だけどね」
普段は芽野先生にからかわれてばかりのミナちゃん先生だ。
芽野先生よりも優位に立てているのが嬉しく、また、誇らしくもあるのだろう。
自信満々で胸を張る。
まぁ、ミナちゃん先生もこう言ってるし、僕自身も全然心配はしていないので、僕は頷いた。
「いいですよ。頑張ってください、芽野先生」
「わーい。やったー」
僕からのご褒美が決まるやいなや、芽野先生は再びテーブルにつき、トランプをシャッフルして三人に配り始めた。
そして、
「それじゃあ始めようか~。ババ抜き」
芽野先生がニコ~っと笑いながら言った瞬間、ミナちゃん先生は「え!?」と目を剥いた。
「大富豪じゃないの!?」
「え~? 私、トランプで圧勝するとは言ったけど、大富豪で圧勝するとは言ってないよ~?」
「そ、それはそうだけど……!」
反論しようとするミナちゃん先生。
しかし芽野先生がすかさず続ける。
「自信があるゲームでしか勝負しないで、あんなに得意気になるなんて、大人気なくない~?」
「…………」
〝大人げない〟――この一言が、ミナちゃん先生に火を付けた。
「やってやろうじゃないの!」
「そうこなくっちゃ~♪」
「あたしもババ抜きのほうがわかりやすくて好きだ」
まんまと芽野先生に挑発に乗ってしまうミナちゃん先生。
朱雀井さんにも異論はないようだ。
かくしてババ抜き対決が始まったが、僕はもう正直、嫌な予感しかしていなかった……。
☆ ☆ ☆
「~~~!」
「はい、上っがり~♪」
「お、あたしも上がり」
「! んもー! もー! もー! も~~~!」
大富豪では無双状態だったミナちゃん先生……しかしババ抜きになった途端、形勢逆転。
完全なる一人負け状態になっていた。
それもそのはず。
ミナちゃん先生はとにかく顔に感情が出やすい。
ジョーカーが手元に回ってくると、露骨に渋い顔をした。
そしてジョーカーが人に取られそうになると、あからさまに嬉しそうな顔をする。
そんなんでババ抜きに勝てるはずもなく……芽野先生、及び朱雀井さんに連戦連敗を喫しているのだった。
「私の勝ちね」
「ぐぬぬ!」
ニヨニヨと勝ち誇る芽野先生。
ミナちゃん先生はぐうの音も出せず、顔を真っ赤にして悔しそう。
そして何より、申し訳なさそう。
理由はもちろん、これ。
「さ、それじゃあ約束通り、一号くんからご褒美をもらっちゃおうかな~♪」
「! うわーん! 一号くん、ごめんなさい~!」
ミナちゃん先生は半べそでお詫びしてきたが、まぁ仕方ないし、責めるつもりもない。
安易にこの勝負に乗ってしまった僕も悪い。
ミナちゃん先生の罪悪感を少しでも和らげてあげたくて、僕はへっちゃらな顔で芽野先生に言う。
「いいですよ。芽野先生のお望みは、なんですか」
芽野先生はニヨニヨと笑いながら答えた。
「うん。私に壁ドンして♪」
「へ?」
僕のへっちゃらな顔は、即座に崩れた。
☆ ☆ ☆
人気はなく、閑散とした、第二保健室の外の廊下。
芽野先生が、壁に背中をぴったりとつけて立つ。
僕はその正面に立つと、芽野先生の頭の横らへんの壁に、ドンと手をついた。
いわゆる壁ドンというやつだ。
「…………」
「…………」
必然的に、僕と芽野先生の顔が近づく。
芽野先生の挑発的な上目遣いが間近にあった。
体勢としては僕の方が攻めているはずなのに、むしろ攻められているのは僕の方だった。
芽野先生はくすりと小悪魔的な微笑みを浮かべ、艶っぽい声音で囁いた。
「一号くん、顔真っ赤。
年下の男の子をからかい過ぎて、逆に襲われちゃったって感じ? シチュエーション的に」
「…………っ」
「かわいい」
「~~~! ハイおしまい!」
めちゃくちゃ恥ずかしいことを言われ、僕は一方的に壁ドンを打ち切った。
「え~? もう~? ケチ~」
芽野先生は物足りなげにそんなことを言ったが、しかしそれは本心ではないだろう。
「――ふふ。でも、全員分のかわいい顔を見られたし、今回は私の大勝利かな~」
そう、さぞかし満足いったはずだ。
なにせ芽野先生はこの壁ドンで、僕だけでなくミナちゃん先生と朱雀井さんのこともからかうことに成功したのだから――。
「わー! わー! い、いけないんだー!
生徒と教職員がそんな……不健全だわー!」
「……な、なんか知んねぇえけど……エッロ!
だ、大丈夫か一号!?
お前、その女に食われるんじゃないか!?」
ミナちゃん先生も朱雀井さんも、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに喚いていた。
芽野先生は、それを楽しげに眺めている。
やっぱりまだまだ、芽野先生のほうが一枚上手のようだ。
ふらっと第二保健室に立ち寄ってみると、とても賑やかなことになっていた。
「8切り、革命、8切り、階段で……あがり!
ふっふ~ん。またわたしの勝ち~。大富豪~」
「え~? どうして~? 本当に一回も勝てない~」
「インチキだ! イカサマだ!
このチビ、絶対あたしらの手札見えてるぞ!」
ミナちゃん先生、芽野先生、朱雀井さんの三人が、トランプをしていたのだ。
ゲームは大富豪。
戦績の方は、ミナちゃん先生の連戦連勝のようだ。
「インチキでもイカサマでもありませーん。実力でーす」
「実力って……え、もしかしてお前、透視能力を使えるとか……?」
「どうしてそうなるのよ……。
あのね、誰がどんなカードを出したかで、相手の持ち札って大体読めちゃうものなのよ」
「え、マジで? やべえ……。
このチビ、人の心を読めんのかよ……サイコメトラーだ……」
「いやだからそうじゃなくてね? 相手が出した手札を覚えて――」
「……?」
懇切丁寧に説明してあげるミナちゃん先生。
けど朱雀井さんは最後までよくわかってなかった。
☆ ☆ ☆
「一号く~ん、助けて~。ミナちゃんが私のこといじめるの~」
「!? い、いじめてないわよ!
いじめてないからね!? 一号くん!」
僕の来室に気付いた芽野先生が、トランプを放り出して僕のもとに駆けてきた。
……というか抱きついてこようとした。
なので僕はそれをさっと避ける。
「いじめられてたわけじゃないでしょ。
ただ単にミナちゃん先生が強すぎるだけで」
そう。さすがは10才にして大卒の天才児といったところだろうか。
この手の頭脳ゲームをやらせたら、ミナちゃん先生の右に出る者はいない。
かくいう僕も、ミナちゃん先生の家に遊びに行った時に将棋を指して、その圧倒的な実力差に唖然としたクチだ。
しかしだからこそ、芽野先生が僕に泣きついてきたくなる気持ちも、ちょっとわかる。
ミナちゃん先生をいじめっ子扱いするのはいただけないけど、あれは悔しいものだ。
僕がミナちゃん先生の肩を持つと、ミナちゃん先生はほっと胸をなでおろしたが、芽野先生は拗ねて唇を尖らせた。
「しゅーん。またそうやってミナちゃん先生の肩持つんだー。
贔屓だー。
妬けちゃうなー」
「ミナちゃん先生をいじめっ子に仕立て上げようとさえしなければ、芽野先生にも同情しましたよ」
「そうなのー? じゃあもうミナちゃん先生をいじめっ子なんて言わなーい」
「はい」
「逆に私がいじめっ子になるー」
「うん?」
「ミナちゃん先生を『もーもー』鳴かせるくらい、トランプで圧勝するー」
「…………」
芽野先生が、急に何か言い出した。
今しがたミナちゃん先生の実力を痛感させられたばかりだというのに、まさかの勝利宣言だ。
「……はは。ええ、頑張ってください。応援してます」
「あー、一号くん、私がミナちゃん先生に勝てるって思ってないでしょー?」
また唇を尖らせる芽野先生。
今のは確かに、愛想笑いで流そうとした僕が悪い。
「すみません。でも、ミナちゃん先生強いし……」
「勝てるわけない、と……。
じゃあもし私が勝てたら、何かくれる? ご褒美に」
「え?」
そうきたか。
芽野先生がニヨニヨと笑っているのを見るに、話をこういう流れに持ってきたのは、計算づくだろう。
僕は胡乱な目で芽野先生を見返す。
「何を要求するつもりですか?
いつぞやのバドミントンみたいに、僕を第一保健室の預かりにするとか?」
「ううん。今回はそういうのじゃなくて、ちゃんと一号くんがくれるものー」
「お金?」
「ぶぶー。私にくれても減らないもの」
「……ハグとかそういう、接触系?」
「ぶぶー。私には指一本触れなくてもいいやつだから、安心して~」
接触系でもないのか……。
なんかこの人、平気でご褒美のチューとか要求してきそうで怖かったんだけど……
警戒して僕が慎重になっていると、ミナちゃん先生が横から言う。
「まぁ、わたし絶対負けないから、大丈夫だけどね」
普段は芽野先生にからかわれてばかりのミナちゃん先生だ。
芽野先生よりも優位に立てているのが嬉しく、また、誇らしくもあるのだろう。
自信満々で胸を張る。
まぁ、ミナちゃん先生もこう言ってるし、僕自身も全然心配はしていないので、僕は頷いた。
「いいですよ。頑張ってください、芽野先生」
「わーい。やったー」
僕からのご褒美が決まるやいなや、芽野先生は再びテーブルにつき、トランプをシャッフルして三人に配り始めた。
そして、
「それじゃあ始めようか~。ババ抜き」
芽野先生がニコ~っと笑いながら言った瞬間、ミナちゃん先生は「え!?」と目を剥いた。
「大富豪じゃないの!?」
「え~? 私、トランプで圧勝するとは言ったけど、大富豪で圧勝するとは言ってないよ~?」
「そ、それはそうだけど……!」
反論しようとするミナちゃん先生。
しかし芽野先生がすかさず続ける。
「自信があるゲームでしか勝負しないで、あんなに得意気になるなんて、大人気なくない~?」
「…………」
〝大人げない〟――この一言が、ミナちゃん先生に火を付けた。
「やってやろうじゃないの!」
「そうこなくっちゃ~♪」
「あたしもババ抜きのほうがわかりやすくて好きだ」
まんまと芽野先生に挑発に乗ってしまうミナちゃん先生。
朱雀井さんにも異論はないようだ。
かくしてババ抜き対決が始まったが、僕はもう正直、嫌な予感しかしていなかった……。
☆ ☆ ☆
「~~~!」
「はい、上っがり~♪」
「お、あたしも上がり」
「! んもー! もー! もー! も~~~!」
大富豪では無双状態だったミナちゃん先生……しかしババ抜きになった途端、形勢逆転。
完全なる一人負け状態になっていた。
それもそのはず。
ミナちゃん先生はとにかく顔に感情が出やすい。
ジョーカーが手元に回ってくると、露骨に渋い顔をした。
そしてジョーカーが人に取られそうになると、あからさまに嬉しそうな顔をする。
そんなんでババ抜きに勝てるはずもなく……芽野先生、及び朱雀井さんに連戦連敗を喫しているのだった。
「私の勝ちね」
「ぐぬぬ!」
ニヨニヨと勝ち誇る芽野先生。
ミナちゃん先生はぐうの音も出せず、顔を真っ赤にして悔しそう。
そして何より、申し訳なさそう。
理由はもちろん、これ。
「さ、それじゃあ約束通り、一号くんからご褒美をもらっちゃおうかな~♪」
「! うわーん! 一号くん、ごめんなさい~!」
ミナちゃん先生は半べそでお詫びしてきたが、まぁ仕方ないし、責めるつもりもない。
安易にこの勝負に乗ってしまった僕も悪い。
ミナちゃん先生の罪悪感を少しでも和らげてあげたくて、僕はへっちゃらな顔で芽野先生に言う。
「いいですよ。芽野先生のお望みは、なんですか」
芽野先生はニヨニヨと笑いながら答えた。
「うん。私に壁ドンして♪」
「へ?」
僕のへっちゃらな顔は、即座に崩れた。
☆ ☆ ☆
人気はなく、閑散とした、第二保健室の外の廊下。
芽野先生が、壁に背中をぴったりとつけて立つ。
僕はその正面に立つと、芽野先生の頭の横らへんの壁に、ドンと手をついた。
いわゆる壁ドンというやつだ。
「…………」
「…………」
必然的に、僕と芽野先生の顔が近づく。
芽野先生の挑発的な上目遣いが間近にあった。
体勢としては僕の方が攻めているはずなのに、むしろ攻められているのは僕の方だった。
芽野先生はくすりと小悪魔的な微笑みを浮かべ、艶っぽい声音で囁いた。
「一号くん、顔真っ赤。
年下の男の子をからかい過ぎて、逆に襲われちゃったって感じ? シチュエーション的に」
「…………っ」
「かわいい」
「~~~! ハイおしまい!」
めちゃくちゃ恥ずかしいことを言われ、僕は一方的に壁ドンを打ち切った。
「え~? もう~? ケチ~」
芽野先生は物足りなげにそんなことを言ったが、しかしそれは本心ではないだろう。
「――ふふ。でも、全員分のかわいい顔を見られたし、今回は私の大勝利かな~」
そう、さぞかし満足いったはずだ。
なにせ芽野先生はこの壁ドンで、僕だけでなくミナちゃん先生と朱雀井さんのこともからかうことに成功したのだから――。
「わー! わー! い、いけないんだー!
生徒と教職員がそんな……不健全だわー!」
「……な、なんか知んねぇえけど……エッロ!
だ、大丈夫か一号!?
お前、その女に食われるんじゃないか!?」
ミナちゃん先生も朱雀井さんも、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに喚いていた。
芽野先生は、それを楽しげに眺めている。
やっぱりまだまだ、芽野先生のほうが一枚上手のようだ。