第13話「ミナちゃん先生VSフェニックス」

文字数 2,486文字

「――ここまで一号くんを連れてきてくれてありがとう。もう大丈夫よ。
さ、あとはわたしに任せて教室へ戻りなさい」
「いやだ。一号が元気になるまであたしもここいる」
「なに言ってるの。もうすぐ授業が始まるわ。戻りなさい」
「授業だぁ~? そんなもんが教室に戻る理由になるかよ」
「なるわよ! これ以上無い理由よ!」

 仕切りのカーテンの向こうから、ミナちゃん先生と朱雀井さんの言い争いが聞こえてくる。

「もう。どうしてそう頑なにここにいたがるのよ……。
――あ! もしかしてあなたって……」
「?」
「……ええ、いいわよ、好きなだけここにいなさい。
無理してクラスに馴染もうとしなくたっていいんだからね? 
みんなちがってみんないいんだからね?」
「……おい、なに勘違いしてんだ。
確かにダチはいねーけど、別に居心地の悪さとか感じてねーから。
だからその優しい目やめろ。
こっち見んな」

 二人の声音、口調は感情豊かで、見ずとも二人の表情は目に浮かぶ。

「なら教室に戻りなさい。きちんと授業に出なさい」
「いやダメだ。一号がしんどい思いしてる時に、あたしだけ遊んでるわけにはいかねーだろ?」
「授業は遊びじゃないんだけど……。
というかさっきから一号一号って、あなた、一号くんとはどういう関係?」
「あ?」
「なんか、妙に仲良さそうだけど……ここに来た時だって、一号くんの肩なんて抱いちゃって……いやらしい! あーいやらしい!」

 ミナちゃん先生が声高に噛み付く。
 
 そこにはおませな恥じらいが滲んでいた。
 
 そう、実は第二保健室に入室した時、朱雀井さんは僕を支えるように、僕の肩をがっしりと抱いていたのだ。

 もちろん僕は必要ないと何度も言ったのだが、聞き入れてもらえず、半ば強引に……。

 朱雀井さんと僕は身長があまり変わらないので、顔がすごく近かった。
 身体もぴったりと密着していた。そしてシャンプーの香りか、すごくいい匂いがした。

 それを思い出すと恥ずかしくなり、顔がじんわりと熱くなる。

「やらしくなんかねーよ。あたしと一号はマブのダチなんだからよ。肩貸すくらい当然だろ」

(当然、か……)

 なんだか少し不公平だ。
 僕はあの時、ドキドキさせられっぱなしだったというのに――。

「――へへっ、それにしても、ダチってのはいいもんだな……あいつに肩貸すとさ、背ぇあんま変わんないから顔がすげえ近くにくんだよ。
で、身体もぴったりくっついて、一号の匂いもしてきてさ……なんか知んねえけど、すげえドキドキしたぜ」

(!? 朱雀井さんもドキドキしてたんじゃん!)

 そうまでしてなぜ肩を貸そうとしてくるのか。
 
 朱雀井さんのマブダチ観については、後日改めて話し合いの場を設けたほうが良さそうだ。

「……まぶ? だち……?」

 そしてミナちゃん先生はミナちゃん先生で、不可解そうな呟きを漏らす。
 
 彼女の周りには『マブダチ』なんてワードを使う人いないだろうし、意味を知らないんだろう。
 さもありなん。

「逆にお前は一号のなんなんだよ」
「わたし? わたしは……保健室の先生だけど」
「ふーん」
「な、なによ」
「別にー? ただ、先公よりもマブダチのほうが、絆は強えーなーって思って」

 声音から、朱雀井さんがニヤッと笑ったのがわかった。

 そして椅子が床を滑る音から、ミナちゃん先生が勢いよく立ち上がったのがわかった。

「な、な、なぁぁあ!? なんですってー!? 
そんなことないわ! わたしと一号くんだって固い信頼関係で結ばれてるわ! 
かかりつけ医と患者さん的な!」

 なるほど、かかりつけ医と患者。
 言い得て妙だと、膝を打つ。

「医者と患者の関係ってそれ、要は板前と魚の関係だろ。
そんなのより、友情で結ばれたあたしらのほうが強いね。
休み時間になる度に、ちょくちょくお互いの教室を行き来してるしな。
クラスの垣根を超えた友情だ」

 行き来はしてない。
 一方的に朱雀井さんが来てるだけだ。

 あと医者と患者の関係を板前と魚に喩えるなんてどうかしてる。

「互いの教室を、行き来!? 
ず、ずるい……わたしなんて、一号くんが調子悪かったりした時じゃないと会えないのに……! 
教室に行ったことだって、一度も……!」
「あたしは元気な一号も見放題だ。
調子いいときの一号はいいぞ。
一回り……いや、二回りは体がデカイ」

 朱雀井さん、さっきからちょいちょい話を盛るのはやめてほしい。化け物か僕は。

 ともあれ二人の言い争いは、朱雀井さんのほうが優勢のようだ。

 ミナちゃん先生の「ぐぬぬ」という歯軋りが聞こえてくる。
 
 が、

「わ、わたしは……ただの保健室の先生じゃないもん……一号くんの、名付け親だもん……」
「!?」

 悔し紛れのように呻いたその一言に、今度は朱雀井さんが腰を浮かせたようだ。パイプ椅子が倒れる音がする。

「名付け親って……え? もしかして一号ってアダ名つけたの、お前?」
「ええ、そうよ?」
「はぁぁあ!? ずりーーー! 
なんでだよ! アダ名ってのはダチがつけるもんだろ!?」
「……ふふ。いいえ! 親が授けるものよ!」

 親じゃないでしょ。

 言ってること無茶苦茶だ。

 しかしこれで形勢が逆転したらしく、ミナちゃん先生は腕を組んでふんぞり返る。(見えてないけど多分そう)

 そして今度は朱雀井さんの歯軋りと、地団駄を踏む音が聞こえてきた。

「あたしが名付け親になりたかった! そういうの、なんか、憧れる!」
「なら、まだアダ名をつけられてない別の誰かと仲良くしたらいいんじゃないかしら。
……一号くんとは距離を置いて、ね」
「!? なっ、お前、あたしと一号を遠ざけようとしてねーか!? 姑かよ!」
「しゅ、姑じゃないわよ!」

 再燃する口喧嘩。

 逐一ツッコミを入れながら聞いてると体力を吸い取られそうなので、僕は毛布に深く潜り込むのだった。
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