第14話「お届け物」

文字数 1,458文字

 ある日の休み時間のこと。

 トイレから戻ってくると、教室の前に人だかりが出来ていた。

 一体なんだろうかと覗いてみると――、

「――はいそうです!
わたしが養護教諭の南中道(みなみなかみち)ミナです!
第二保健室はいつでも開いておりますので、どうぞお気軽にご利用下さい!」

 輪の中心にいたのは白衣の少女――ミナちゃん先生だった。

 高校生に取り囲まれたミナちゃん先生は、サイズ比的に小人のように見える。

 そして本人も、それを圧迫感として感じているのだろう。
 毅然と振る舞ってはいるが、どこか緊張した様子で、表情も硬い。

 うちのクラスメイトも悪気などなく、物珍しさと可愛らしさから群がっているだけのようだけれど……僕は助け舟を出した。

「ミナちゃん先生?」
「あ、一号くん!」

 ミナちゃん先生は人垣の中から僕を探し出し、手を挙げる。

 途端に緊張は消え、ほにゃっとしたいつもの笑顔になった。

「どうしたんですか、こんなところで。うちのクラスに何か用ですか?」

 人垣を割って進み出ながら、僕は尋ねる。
 ミナちゃん先生もてててと駆け寄ってきた。

「ええ。これ、忘れ物」

 言いながら白衣のポケットから取り出したのは、シャーペンだ。
 
 それは、ちょっと前に保健室に行ったときに僕が忘れていったもので、次行くときに回収すればいいやと思っていたのだが……。

「え、わざわざ持ってきてくれたんですか」

 僕は呆気にとられ、それが顔に出てしまったようだ。

 得意げだったミナちゃん先生の顔が、見る見る不安げに曇っていく。

「あ、うん……。あの、もしかして迷惑だった……?」

 ミナちゃん先生はさっと周りに視線を泳がせた。
 
 ちょっとした騒ぎになってしまっていることに、責任を感じたのだろう。

 僕は首を振った。

「いえ、全然。助かりました。ありがとうございます」

 忘れ物を届けてくれたその親切に――責任を感じてしまうその生真面目さに、僕の頬は自然と緩む。

 するとミナちゃん先生もホッとして、にぱーっと笑うのだった。

「どういたしまして! 
あと、お届け物ついでにね、見てみたかったのよ! 一号くんの教室!」
「僕の教室を? なんでまた」
「あ……いや、まぁ、深い意味はないけど?
そういえばわたし、来たことなかったし?」
「…………」

 ミナちゃん先生の目が泳ぐ。

 これはあれだ。嘘をついてるときの目つきだ。

 と、そこで僕はふと思い至る。

(そういえばちょっと前、朱雀井さんと言い合いしてたよなぁ。僕の教室に行き来うんぬん……)

 僕の教室に気軽に遊びに来る朱雀井さんのことを、ミナちゃん先生は羨ましがっていた。

「…………」
「と、とにかく! 囲まれたのにはちょっとびっくりしちゃったけど……来れてよかったわ!
それじゃあね!」

 そしてミナちゃん先生は白衣を翻し、おすまし顔で去ろうとする。

「……ミナちゃん先生」

 僕はその背中を呼び止めた。

「?」

 そして振り向いたミナちゃん先生に微笑みかける。

「また来てください。みんな喜びます」
「! ――うん!」

 不意を突かれたような表情から一転、今日イチの笑顔が弾ける。

 するとクラスメイトたちからも「お菓子用意して待ってるよ~」だの「またね~」だのといった声が上がる。

 それらに愛想よく応えながら、ミナちゃん先生は弾むような足取りで、教室を出ていったのだった。
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