第20話「美容室デビュー」
文字数 2,628文字
「めのちゃん! 土曜に試合があるから応援来てよ!」
「へー、試合あるんだー。いつも一生懸命練習してるもんねえ。ファイトー」
昼休み。
中庭のベンチで友達とだらだらしていたところ、芽野先生が野球部の人たちに囲まれている光景を目撃した。
応援に行く行かないを有耶無耶にしている辺りに小狡さを感じるが……野球部の人たちや、僕の隣にいる友達なんかは気にしていないらしい。
「はぁ、めのちゃん、ほんっとカワイイよなぁ」
友達はでれでれとした目で芽野先生の姿を追いかけていた。
全面的には同意しかねるが、「そうだね」と相槌だけ打っておく。
「心がこもってないな……。なに? ああいうお姉さん系はタイプじゃないの? やっぱ年下好みか?」
「その言い方、他意を感じる」
どうせミナちゃん先生を揶揄してのことだろう。
ふざけ半分で友達を睨んだ。
「はは、悪い悪い。――あ、やべ、日直の仕事しねーと。先行くわ」
友達が行ってしまった後も、まだ飲み物が残っていたので、しばらくそこでぼーっとしていた。
すると、
「ん~」
いつの間にこちらへ来たのか。
芽野先生が背後に回り込み、僕の髪を摘んだりねじったりと弄ぶ。
「あ、ちょ、なんですか」
不意を突かれて、僕はそれを振り払う。
芽野先生はその反応をこそ楽しむように目を細めた。
「え~? それはこっちの台詞だよ~。さっき私のこと見てたでしょ」
「……僕はちらっと見ただけです。熱心に見てたのは友達のほうです」
僕が答えると、芽野先生は「つれないなぁ~」と、言葉とは裏腹に嬉しそうに笑い、再び僕の髪を摘んだ。
「ところで髪伸びてるよね。切らないの?」
なぜ急に髪の話? 脈絡のない……と思ったが、さっきまで坊主頭の野球部の人たちに囲まれていたから、それとの対比で気になったのかもしれない。
そして、僕の髪が伸び切っていて、そろそろ散髪に行かねばと思っていたのは事実だ。
「行きますよ、そろそろ」
「いつもどこで切ってるの?」
「近所の床屋です」
「あー、床屋さんだー。美容室とかじゃないんだねぇ」
「美容室は……なんか敷居が高くて……」
ささやかな憧れはある。
クラスメイトを見ても、美容室で髪を切ってもらっている人のほうがやっぱり洒落っ気があってかっこいい。
けれど、あんまり身なりに気を遣ってこなかった僕には、やっぱり美容室なんて異次元なのだ。
すると、思いもよらないことを芽野先生は言う。
「じゃあ私がいいところ紹介してあげる~。ていうか、ついてってあげる~」
「……はい?」
☆ ☆ ☆
そして、あれよという間に土曜日。
気づけば僕はカットクロス(てるてる坊主みたいなあれ)を被った状態で、鏡の前に座らされていた。
レトロな趣の雑居ビル――その一室にある、瀟洒な雰囲気の美容室である。
「さて、どんな感じにします?」
「えっと……」
鏡越しに、美容師のお姉さんから訊ねられたが、僕は答えに詰まってしまった。
どんな感じと言われても、美容室での髪型の注文の仕方なんてわからない。
すると芽野先生が、お店のタブレットをいじりながら、僕のところへやってくる。
「あんまり凝った髪型だと校則とかもあるし、セットも難しいだろうから、ナチュラルに整える感じがいいんじゃないかなぁ~。
これとか、これとか」
タブレットにはヘアカタログが表示されており、その中から見繕ったものを僕と美容師さんに見せてくれた。
「うんうん、いいですね。似合いそう」と美容師さん。
「どう? 一号くん」と芽野先生。
「あ、はい。いいと思います。おまかせします」
実際芽野先生のチョイスが悪くなかったのもあり、僕は頷いた。
「――ふふっ。それにしても楽しそうっすね。遥さん」
「そりゃもう~。ゲームとかでも、こういうのすごい凝っちゃうんだよね~」
「人をアバター扱いしないでください」
美容室は僕が思っていた通りのオシャレ空間で、はじめは緊張したけれど、美容師さんは気さくでいい人だったし、芽野先生も付き添いとしていてくれたおかげで、思いの外楽しい時間だった。
「ねーねー一号くん、髪切り終わったら服も買いに行かない?」
「え、えぇ……いやでもお小遣いが……」
「あー、そっかぁ。
う~ん……なんなら私が全部出してあげてもいいんだけど……さすがに在校生にそれはダメかぁ。
あーあー、一号くん、早く卒業しないかなぁ~」
ミナちゃん先生じゃあるまいし、卒業は早められません。
無茶言わないでください。
☆ ☆ ☆
そして週明け。
「おっす一号! ――って、なんかいつもと違うな……あ、髪切った!?
へー、いいじゃんいいじゃん! 強そう!
――ってはぁぁあ!? 芽野と行ったぁ~!?
おまっ、なに呑気に敵と出掛けてんだよ! アブねーだろおい~!」とは朱雀井さんの弁。
「! ……わー……なんか、一号くんじゃないみたいで……緊張しちゃうっていうか……すごいかっこいい……。
――え? 芽野先生に付き添ってもらった?
……むぅぅぅ……」とはミナちゃん先生の弁。
がらっと髪型を変えたわけではないのだが、だからこそ美容師の腕の差が出るものなのか、周囲からの評判は上々だ。
僕自身もこの髪型は気に入ったし、あの美容室なら一人でも通えそうなので、贔屓にさせてもらおうかなと思う。
☆ ☆ ☆
改めて礼を言っておきたくなり、その日の内に僕は第一保健室を訪れた。
すると芽野先生は、いつものポワポワした調子で「お礼なんていいよー」と笑う。
そしてこう続けた。
「『あれしてみたいなー、これしてみたいなー、でもちょっと気後れしちゃうなー』――なんてことがあったら、遠慮なく私に言ってね?
付き合ってあげる。
やってみたい気持ちがあるのに試さないのは、すっごく勿体無いことだから」
「…………」
こんなことを言ってくれるなんて、むず痒いけど心強い。
照れくさいけど、頼もしい……。
「そうやって一人前の男の子にしてあげるから、卒業したらちゃんと私を迎えに来てね?」
「何言ってんですか……」
あとはホント、こういうところさえなければ、心の底から尊敬出来るんだけどなぁ。
「へー、試合あるんだー。いつも一生懸命練習してるもんねえ。ファイトー」
昼休み。
中庭のベンチで友達とだらだらしていたところ、芽野先生が野球部の人たちに囲まれている光景を目撃した。
応援に行く行かないを有耶無耶にしている辺りに小狡さを感じるが……野球部の人たちや、僕の隣にいる友達なんかは気にしていないらしい。
「はぁ、めのちゃん、ほんっとカワイイよなぁ」
友達はでれでれとした目で芽野先生の姿を追いかけていた。
全面的には同意しかねるが、「そうだね」と相槌だけ打っておく。
「心がこもってないな……。なに? ああいうお姉さん系はタイプじゃないの? やっぱ年下好みか?」
「その言い方、他意を感じる」
どうせミナちゃん先生を揶揄してのことだろう。
ふざけ半分で友達を睨んだ。
「はは、悪い悪い。――あ、やべ、日直の仕事しねーと。先行くわ」
友達が行ってしまった後も、まだ飲み物が残っていたので、しばらくそこでぼーっとしていた。
すると、
「ん~」
いつの間にこちらへ来たのか。
芽野先生が背後に回り込み、僕の髪を摘んだりねじったりと弄ぶ。
「あ、ちょ、なんですか」
不意を突かれて、僕はそれを振り払う。
芽野先生はその反応をこそ楽しむように目を細めた。
「え~? それはこっちの台詞だよ~。さっき私のこと見てたでしょ」
「……僕はちらっと見ただけです。熱心に見てたのは友達のほうです」
僕が答えると、芽野先生は「つれないなぁ~」と、言葉とは裏腹に嬉しそうに笑い、再び僕の髪を摘んだ。
「ところで髪伸びてるよね。切らないの?」
なぜ急に髪の話? 脈絡のない……と思ったが、さっきまで坊主頭の野球部の人たちに囲まれていたから、それとの対比で気になったのかもしれない。
そして、僕の髪が伸び切っていて、そろそろ散髪に行かねばと思っていたのは事実だ。
「行きますよ、そろそろ」
「いつもどこで切ってるの?」
「近所の床屋です」
「あー、床屋さんだー。美容室とかじゃないんだねぇ」
「美容室は……なんか敷居が高くて……」
ささやかな憧れはある。
クラスメイトを見ても、美容室で髪を切ってもらっている人のほうがやっぱり洒落っ気があってかっこいい。
けれど、あんまり身なりに気を遣ってこなかった僕には、やっぱり美容室なんて異次元なのだ。
すると、思いもよらないことを芽野先生は言う。
「じゃあ私がいいところ紹介してあげる~。ていうか、ついてってあげる~」
「……はい?」
☆ ☆ ☆
そして、あれよという間に土曜日。
気づけば僕はカットクロス(てるてる坊主みたいなあれ)を被った状態で、鏡の前に座らされていた。
レトロな趣の雑居ビル――その一室にある、瀟洒な雰囲気の美容室である。
「さて、どんな感じにします?」
「えっと……」
鏡越しに、美容師のお姉さんから訊ねられたが、僕は答えに詰まってしまった。
どんな感じと言われても、美容室での髪型の注文の仕方なんてわからない。
すると芽野先生が、お店のタブレットをいじりながら、僕のところへやってくる。
「あんまり凝った髪型だと校則とかもあるし、セットも難しいだろうから、ナチュラルに整える感じがいいんじゃないかなぁ~。
これとか、これとか」
タブレットにはヘアカタログが表示されており、その中から見繕ったものを僕と美容師さんに見せてくれた。
「うんうん、いいですね。似合いそう」と美容師さん。
「どう? 一号くん」と芽野先生。
「あ、はい。いいと思います。おまかせします」
実際芽野先生のチョイスが悪くなかったのもあり、僕は頷いた。
「――ふふっ。それにしても楽しそうっすね。遥さん」
「そりゃもう~。ゲームとかでも、こういうのすごい凝っちゃうんだよね~」
「人をアバター扱いしないでください」
美容室は僕が思っていた通りのオシャレ空間で、はじめは緊張したけれど、美容師さんは気さくでいい人だったし、芽野先生も付き添いとしていてくれたおかげで、思いの外楽しい時間だった。
「ねーねー一号くん、髪切り終わったら服も買いに行かない?」
「え、えぇ……いやでもお小遣いが……」
「あー、そっかぁ。
う~ん……なんなら私が全部出してあげてもいいんだけど……さすがに在校生にそれはダメかぁ。
あーあー、一号くん、早く卒業しないかなぁ~」
ミナちゃん先生じゃあるまいし、卒業は早められません。
無茶言わないでください。
☆ ☆ ☆
そして週明け。
「おっす一号! ――って、なんかいつもと違うな……あ、髪切った!?
へー、いいじゃんいいじゃん! 強そう!
――ってはぁぁあ!? 芽野と行ったぁ~!?
おまっ、なに呑気に敵と出掛けてんだよ! アブねーだろおい~!」とは朱雀井さんの弁。
「! ……わー……なんか、一号くんじゃないみたいで……緊張しちゃうっていうか……すごいかっこいい……。
――え? 芽野先生に付き添ってもらった?
……むぅぅぅ……」とはミナちゃん先生の弁。
がらっと髪型を変えたわけではないのだが、だからこそ美容師の腕の差が出るものなのか、周囲からの評判は上々だ。
僕自身もこの髪型は気に入ったし、あの美容室なら一人でも通えそうなので、贔屓にさせてもらおうかなと思う。
☆ ☆ ☆
改めて礼を言っておきたくなり、その日の内に僕は第一保健室を訪れた。
すると芽野先生は、いつものポワポワした調子で「お礼なんていいよー」と笑う。
そしてこう続けた。
「『あれしてみたいなー、これしてみたいなー、でもちょっと気後れしちゃうなー』――なんてことがあったら、遠慮なく私に言ってね?
付き合ってあげる。
やってみたい気持ちがあるのに試さないのは、すっごく勿体無いことだから」
「…………」
こんなことを言ってくれるなんて、むず痒いけど心強い。
照れくさいけど、頼もしい……。
「そうやって一人前の男の子にしてあげるから、卒業したらちゃんと私を迎えに来てね?」
「何言ってんですか……」
あとはホント、こういうところさえなければ、心の底から尊敬出来るんだけどなぁ。