第21話「百点満点」
文字数 1,952文字
今日も第二保健室に来ている。
ちょっと頭痛がひどいので、ベッドに横にならせてもらっていた。
教室では今頃、化学の授業中――なので僕は横たわりながらも、化学の教科書を読み込んでいた。
今日の授業範囲のページを、繰り返し、丸暗記する勢いで。
するとパタパタという足音が近づいてきて、仕切りのカーテンに音もなく切れ目が入る。
その隙間からミナちゃん先生が、僕のことをそっと覗き見てきた。
息を潜めているのは、僕が寝ていると思っていたからだろう。
しかし僕が起きていて、あまつさえ教科書を読んでいると知るやいなや、ミナちゃん先生は遠慮なく声を上げた。
「あ、起きてる。具合が悪いならちゃんと寝てなくちゃダメよもー」
「……眠気はあんまりないんですよ」
僕が答えると、ミナちゃん先生は「もー」とひと鳴きして戻っていった。
☆ ☆ ☆
頭痛はなかなか治まらなかった。
けれど、歴史の授業の時間になったので、僕はベッドを抜け出した。
そして保健室中央の作業机で、ノートまとめの作業に入る。
「頭痛は良くなった?」
「はい、大分」
「そう。冷却シート貼っとく?」
「あぁ、ありがたいです」
ミナちゃん先生がおでこに貼ってくれた冷却シート――そこから伝わってくる爽快な清涼感を励みに、僕はノートに向かった。
☆ ☆ ☆
チャイムが鳴って、歴史の授業時間が終わる。
頭痛は相変わらず引かない。
むしろちょっと悪化している気がするが、冷却シートを貼っているからこそこの程度で済んでいると思えば、まだ頑張れる。
次の授業は数学なので、バッグから教科書とノートを取り出した。
「一息入れたら? スポーツドリンクとか、ちょっと甘めのものが飲みたい気分なんじゃない?」
言いながら、ミナちゃん先生が冷蔵庫に向かう。
かゆいところに手が届くその気遣いはさすがだ。
「はい。ありがとうございます」
「頭痛はどう?」
「はい。すっかり」
「何かあったの?」
「へ?」
唐突の問いかけだったから、変なところから声が出てしまった。
何かって? と、目で訊ね返すと、ミナちゃん先生は薄い苦笑いを浮かべた。
「まだ頭、痛いんでしょ。なのにすごい熱心にお勉強してるから、どうしたのかなって」
「…………」
養護教諭としての観察眼か、はたまた勘か……ともあれミナちゃん先生にはお見通しだったようだ。
頭痛を押してまで勉強に熱を入れてることも――それには理由があることも――。
であれば今更隠し事をしても、余計に心配をかけるだけだろう。
だから観念して、白状することにした。
「実は……テストの点が思ってた以上に悪くて……」
それだけで、ミナちゃん先生は委細承知したようだ。
小さな嘆息を一つ吐き、穏やかに目元をたゆませた。
「なるほどね……それで次は良い点取ろうって頑張ってたんだ……。一号くん、本当にえらいわね」
「……いえ……そんな大したことじゃ……」
「ううん。すっごいえらいわ。一号くんのそういうところ、わたし尊敬してる」
ミナちゃん先生の真っ直ぐな眼差しは、頭痛を和らげてくれるようだ。
けれど、
「……でもね、自分の体は大切にして欲しいな」
最後に付け加えられたその一言は、どこか少し辛そうで、僕の胸はチクリと痛んだ。
「……はい。ごめんなさい」
肝に銘じようと思う。
無理はよくないということを。
そして、僕が無理をすると心配する人がいるということを――。
「うん。
……というか、教師がこんなこと言っちゃダメかもだけど、一号くんはそんな、テストで良い点取ろうとか頑張りすぎなくて全然平気よ」
「ほんとに教師が言っちゃダメなやつですね、それ」
「いいの! 一号くんは特別。
だって一号くん、わたしに言わせればすでに百点満点だもの!」
「……何がですか?」
「人として……的な?」
「……それ、減点方式じゃなきゃいいですけど」
「あー、へそ曲がりなこと言っちゃって。
褒め言葉は素直に受け取りなさい」
僕は苦笑いで頭を振った。
百点満点だなんて、ミナちゃん先生は買いかぶりが過ぎる。
それに、なんでもお見通しのように見えて、実はあんまり見通せてない。
というのも、僕が熱心に勉強していた理由は、『今回のテストの点が悪かったから、次回で良い点を取るため』ではない。
正確には、『テストの点が悪かったのを、保健室通いのせいにしたくなかったから』だ。
もっとも、そこまで見通されてたらちょっと怖いし、知られるのもこっ恥ずかしいので、明かすつもりはないけれども。
ちょっと頭痛がひどいので、ベッドに横にならせてもらっていた。
教室では今頃、化学の授業中――なので僕は横たわりながらも、化学の教科書を読み込んでいた。
今日の授業範囲のページを、繰り返し、丸暗記する勢いで。
するとパタパタという足音が近づいてきて、仕切りのカーテンに音もなく切れ目が入る。
その隙間からミナちゃん先生が、僕のことをそっと覗き見てきた。
息を潜めているのは、僕が寝ていると思っていたからだろう。
しかし僕が起きていて、あまつさえ教科書を読んでいると知るやいなや、ミナちゃん先生は遠慮なく声を上げた。
「あ、起きてる。具合が悪いならちゃんと寝てなくちゃダメよもー」
「……眠気はあんまりないんですよ」
僕が答えると、ミナちゃん先生は「もー」とひと鳴きして戻っていった。
☆ ☆ ☆
頭痛はなかなか治まらなかった。
けれど、歴史の授業の時間になったので、僕はベッドを抜け出した。
そして保健室中央の作業机で、ノートまとめの作業に入る。
「頭痛は良くなった?」
「はい、大分」
「そう。冷却シート貼っとく?」
「あぁ、ありがたいです」
ミナちゃん先生がおでこに貼ってくれた冷却シート――そこから伝わってくる爽快な清涼感を励みに、僕はノートに向かった。
☆ ☆ ☆
チャイムが鳴って、歴史の授業時間が終わる。
頭痛は相変わらず引かない。
むしろちょっと悪化している気がするが、冷却シートを貼っているからこそこの程度で済んでいると思えば、まだ頑張れる。
次の授業は数学なので、バッグから教科書とノートを取り出した。
「一息入れたら? スポーツドリンクとか、ちょっと甘めのものが飲みたい気分なんじゃない?」
言いながら、ミナちゃん先生が冷蔵庫に向かう。
かゆいところに手が届くその気遣いはさすがだ。
「はい。ありがとうございます」
「頭痛はどう?」
「はい。すっかり」
「何かあったの?」
「へ?」
唐突の問いかけだったから、変なところから声が出てしまった。
何かって? と、目で訊ね返すと、ミナちゃん先生は薄い苦笑いを浮かべた。
「まだ頭、痛いんでしょ。なのにすごい熱心にお勉強してるから、どうしたのかなって」
「…………」
養護教諭としての観察眼か、はたまた勘か……ともあれミナちゃん先生にはお見通しだったようだ。
頭痛を押してまで勉強に熱を入れてることも――それには理由があることも――。
であれば今更隠し事をしても、余計に心配をかけるだけだろう。
だから観念して、白状することにした。
「実は……テストの点が思ってた以上に悪くて……」
それだけで、ミナちゃん先生は委細承知したようだ。
小さな嘆息を一つ吐き、穏やかに目元をたゆませた。
「なるほどね……それで次は良い点取ろうって頑張ってたんだ……。一号くん、本当にえらいわね」
「……いえ……そんな大したことじゃ……」
「ううん。すっごいえらいわ。一号くんのそういうところ、わたし尊敬してる」
ミナちゃん先生の真っ直ぐな眼差しは、頭痛を和らげてくれるようだ。
けれど、
「……でもね、自分の体は大切にして欲しいな」
最後に付け加えられたその一言は、どこか少し辛そうで、僕の胸はチクリと痛んだ。
「……はい。ごめんなさい」
肝に銘じようと思う。
無理はよくないということを。
そして、僕が無理をすると心配する人がいるということを――。
「うん。
……というか、教師がこんなこと言っちゃダメかもだけど、一号くんはそんな、テストで良い点取ろうとか頑張りすぎなくて全然平気よ」
「ほんとに教師が言っちゃダメなやつですね、それ」
「いいの! 一号くんは特別。
だって一号くん、わたしに言わせればすでに百点満点だもの!」
「……何がですか?」
「人として……的な?」
「……それ、減点方式じゃなきゃいいですけど」
「あー、へそ曲がりなこと言っちゃって。
褒め言葉は素直に受け取りなさい」
僕は苦笑いで頭を振った。
百点満点だなんて、ミナちゃん先生は買いかぶりが過ぎる。
それに、なんでもお見通しのように見えて、実はあんまり見通せてない。
というのも、僕が熱心に勉強していた理由は、『今回のテストの点が悪かったから、次回で良い点を取るため』ではない。
正確には、『テストの点が悪かったのを、保健室通いのせいにしたくなかったから』だ。
もっとも、そこまで見通されてたらちょっと怖いし、知られるのもこっ恥ずかしいので、明かすつもりはないけれども。