第7話「ジェニファーの二の舞い」

文字数 1,855文字

「やっぱ高校の部活ってハードだわ。ごっそり落ちたもん。一号は? 体脂肪どんくらい?」
「……どれくらいだろ」

 休み時間、友達と話していて聞かれたが、僕は答えられなかった。

 自宅の体重計には、測定機能が付いてない。
 温泉や銭湯なんかに行った時、戯れで計ってみたりしたことはあるが……数値そのものはさっぱり覚えていない。

 というわけで、放課後に第二保健室へ行くことにした。

 ☆ ☆ ☆

「はー、体脂肪を」

 体脂肪率を計らせて欲しい――僕がそう言うと、ミナちゃん先生は意外そうにオウム返しした。

 そして、つまんでいたクッキーをはもはもと口に押し込み、いそいそと体重計をセットしてくれる。

 ……時間が時間だし、おやつ中だったのかな。

「男の子もそういうの気にするのねー」
「気にしてるってわけでもないんですけどね。ただ、ちょっと興味湧いて。――ミナちゃん先生はどうなんですか? やっぱり気になったり?」
「うーん。わたしもあんまり。体質なのか年齢的なことなのかはわからないけど、食べてもあんまり太らないから」
「……芽野先生とかの前ではそれ言わないほうがいいですよ。多分ですけど、すっごい荒っぽいイタズラをされることになると思います」
「ええ、ちゃんと弁えてるわ。女の人って、この手の話題に敏感なのよね。アメリカでルームメイトのジェニファーに同じこと言ったら、その日から執拗なお菓子責めに遭ったもの。別に自慢でもなんでもなかったのに……。しかも結果的にジェニファーだけが太っちゃってねぇ……気の毒だったわ」

 それジェニファーの自業自得なので、気の毒がる必要ないですよ。

 ☆ ☆ ☆

「性別……年齢……身長っと。はい、入力完了。それじゃあ裸足になって、ゆっくり乗って」

 しゃがみこんで体重計を操作していたミナちゃん先生が顔を上げる。
 僕は上履きを脱ぎ、僕はそっと体重計に乗った。

 ものの十数秒でピピピと音が鳴り、測定終了。
 僕もしゃがんで、液晶を覗き込む。

 ミナちゃん先生の髪と僕の髪が微かに擦れ合い、微妙にくすぐったい。

 この体重計、正確には体組成計というらしく、体重、体脂肪のみならず、筋肉量や内臓脂肪、基礎代謝量なんかも算出されていた。

 数値を見て、ミナちゃん先生は言う。

「うん。痩せ型ではあるけど、全然正常範囲内ね。内臓脂肪レベルも低いし。何も気にすることはないんじゃないかしら。むしろ、もうちょっと太ってもいいくらい」
「あー。やっぱりですか。いや、僕筋肉もないし、貧相だから、もうちょっと太りたいなーとかは思ってたりするんですよ。でも、先生と一緒であんまり太れなくて……毎食お腹いっぱい食べてるのに」
「ふむふむ。そういうことなら、食事の回数を増やすのも手よね」
「ああ、なるほど」
「……でも、太った一号くんかー……」

 言いながら、ミナちゃん先生は視線を上げる。
 僕の太った姿を思い浮かべているのだろう。

「どうですか」
「おおらかそう!」

 キラキラと目を光らせて、ミナちゃん先生は答えた。

「ぶつかり甲斐もありそうだわ!」

 これまでぶつかってこられたことなどないが……そんな願望を秘めていたのか……。

「今でも十分優しいけど、もっと優しそうな見た目になるわね。いいじゃない!」

 てっきり「変ー」だの「嫌ー」だの言われるかと思ったが、思いのほか好感触だ。

 するとミナちゃん先生は、何か閃いたように手を打ち鳴らす。

「あ! 一号くん、このあと時間ある? 今日、駅前にクレープ屋さんが来る日だわ! 一緒に行かない!?」

 早速僕を太らせようという魂胆か。
 しかし僕の方も不都合はない。

「ええ。いいですよ。行きましょうか」
「! やった! すぐにお支度するわ! 待ってて!」

 閉室に向けて、ドタバタと後片付けを始めるミナちゃん先生。
 僕は戯れに言う。

「今度はミナちゃん先生がジェニファーみたいにならないように気をつけてくださいね」
「平気平気! わたしは太らない体質だから!」

 そうして僕たちはその日、下校がてらにクレープを買い食いしたのだった。

 ☆ ☆ ☆

 ちなみに、その日を境にしばらくの間、ミナちゃん先生は間食をやめた。
 僕がなぜかと尋ねても、ミナちゃん先生はばつが悪そうに目を逸らすだけだった。

 一方、僕の体重や体脂肪率はというと、それからもまったく変わっていない。
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