第34話「トランプ is 凶器」

文字数 2,471文字

「トランプで勝てばさっきのアレ、あたしも一号にしてもらえんのか?」

 第二保健室に戻った朱雀井さんが何か言い出した。

 アレとは、僕がさっき芽野先生にした壁ドンのことだろう。

 そして朱雀井さんのこの発言に、ミナちゃん先生も反応。

 なぜか期待を寄せたような目で、僕の返答を待っている。

「……しないよ。もう二度と、誰にも」

 僕が答えると、朱雀井さんもミナちゃん先生も、あからさまに落胆した。

「……なに? されてみたかったの?」
「ああ。あんな感じで一号から詰め寄られてみてぇ……。
武器持った先輩とかからされたことはあるんだけどな!」

 あぁ……ありそう……。
 朱雀井さん、そういう意味での壁ドンの経験は豊富そう……。

「わ、わたしは後学のためにぃ!?」

 上擦った声で、しどろもどろ言うミナちゃん先生。
 少女漫画とか読む人だし、ちょっと憧れてたりしたんだろう。

 ただ残念ながら、僕とミナちゃん先生とでは身長差がありすぎて、多分壁ドンしても体勢的に変な感じになる。

 なのでミナちゃん先生は、もうちょっと大きくなってから、彼氏さんにでもお願いして下さい。

 するとこのやり取りを聞いていた芽野先生が、優越感をひけらかす。

「そうだよ~。そもそもあの壁ドンは、私がトランプで勝ったご褒美だもん~
そう簡単にはしてもらえないよね~?
特に朱雀井さんは、大富豪でもババ抜きでも今ひとつだったし?」

 これに朱雀井さんがムッと来たようだった。

「は? あたしだってゲーム次第なら勝てるっつーの」
「え~? 朱雀井さんにも得意なゲームあったんだ~?
何が得意なの~?」

 芽野先生の質問に、朱雀井さんは勝ち気な笑みを浮かべて答えた。

「スピード」

 ☆ ☆ ☆

 なるほど。
 確かにスピードみたいな反射神経を要求されるゲームは、朱雀井さんの得意分野のように思われた。

 というわけで、いざ芽野先生と勝負してみたのだが――、

「はい、私の勝ち~」
「…………」
「朱雀井さん、弱すぎ~」
「…………」

 朱雀井さんは、ほぼ一方的に芽野先生に押し切られ、完全敗北を喫していた。

 手も足も出ないとはまさにこの事。
 なんとなく、持ち前の反射神経で、シュババっと手札を捌く朱雀井さんの姿を想像したものだが……実際はフリーズを起こして固まってしまっていた。

「きょ、今日は調子悪かったのよきっと! ねえ!?」

 あまりの惨敗っぷりに、ミナちゃん先生が朱雀井さんのフォローに回る始末。
 優しいなぁ。

 けどその優しさが、かえって朱雀井さんを辱めたようだ。
 朱雀井さんはプルプルと肩を震わせて、僕に助けを求めるような目を向けてきた。

 僕は軽く嘆息しつつ、朱雀井さんを労るように問い質す。

「……ねえ? 朱雀井さん? スピードに自信あったんじゃないの?」
「……あった」
「そもそも、このゲームやったことある?」
「ない」

 ないんだ……。

「じゃあなんで挑んだのさ……」
「いや、なんかこう、シュバババババ!って手札を捌いてくじゃん?
そういうのあたし、得意そうじゃん?
でもいざやってみたら、脳みそがまったくついて来なかった……」
「…………」

 朱雀井さん、見切り発車が過ぎる。

「……ぷーくすくす……」

 芽野先生は完全にツボに入ったようで、必死に笑いを噛み殺していた。

「次はちゃんとやったことがあって、本当に得意なゲームで挑みなよ」
「酷なことを言わないでくれ、一号ー。
そんなのあったら、とっくにそれで勝負挑んでるってー」

 ならもうトランプという土俵から降りようね。

 僕が呆れていると、朱雀井さんがふと零した。




「あーあー、トランプ投げならマジで得意なんだけどなー」



「……ん?」

 その一言に、僕もミナちゃん先生も芽野先生も、興味を引かれて顔を上げた。

 ☆ ☆ ☆

 食堂へ行って、佳代さん(ミナちゃん先生のお母さんで、学生食堂の職員さん)からキュウリを一本調達。
 それを凧ヒモに括り付け、第二保健室の天井から吊り下げた。

「こんな感じでいい?」
「おー。オッケー」

 朱雀井さんからOKが出たので、僕は脚立を折り畳み、後ろに下がった。

 キュウリの高さは、朱雀井さんの肩くらい。
 5メートルほど距離を取って、朱雀井さんはキュウリと向かい合う。

 僕とミナちゃん先生と芽野先生が固唾を呑んで見守る中、朱雀井さんは特に気負った様子もなく、手首をくねくねと準備運動。

 そして一枚のトランプを指先に挟む。

「いーかー?」と確認を取ってくる朱雀井さん。
「どうぞ」と頷く僕ら。

 次の瞬間――、

「よっ」

 気の抜けた掛け声とともに、朱雀井さんは鞭のように腕を振り抜いた。

 白い軌跡が宙を奔った。

 かと思うと、キュウリを吊り下げた凧ヒモがスパッと切れ、カッという小気味良い音が響く。
 
 見れば一枚のトランプが、第二保健室の壁に刺さっていた。

 壁は画鋲などを通す材質とはいえ、普通、トランプは刺さらない。

「「「…………」」」

 絶句する僕ら三人。

 かたや朱雀井さんは、ばつが悪そうな照れ笑いを浮かべた。

「やっべ外した。キュウリ切るつもりだったのに。失敗失敗」
「「「…………」」」

 いや、どこが失敗?

 キュウリを切るより、凧ヒモを切るほうが普通にすごい。

 しかも壁にまで突き刺すなんて、もはやそれはトランプではない。

 飛び道具だ。

 クナイとか手裏剣とかの類の凶器だ。

 そしてこの絶技を目の当たりにして、ミナちゃん先生と芽野先生が、それぞれ一言。

「……朱雀井さん、あなた、今後トランプの所持禁止」
「……一号くん、今後も朱雀井さんの友達として、管理と調教よろしくね?」
「……はい」




 朱雀井さんのマブダチでいることに、謎の責任感が芽生えた瞬間だった。
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