第10話(朱雀井さんの第1話)「第三中のフェニックス」

文字数 2,250文字

 あたし、朱雀井小碧(すざくいこあお)
 
 高1。
 趣味――なし。
 特技――家事全般。
 好きなもの――動物全般。
 嫌いなもの――弱いやつ。

 ☆ ☆ ☆

「――キャハハ! そうそう! それでさ~」ドンッ
「……ってぇな」
「~~~っ! す、朱雀井さん!? ご、ごめんなさい!」タタタッ
「……ふん」
「! 朱雀井さん! おざまーす!!!!」((((オザマース!!!!))))
「おう」

 これがあたしの日常の風景。
 よくある、朝の一コマ。
 
 ぶつかってきたネーチャンは、あたしをひと目見て青ざめて逃げる。
 悪そうなニーチャンの群れは、整列して背筋を伸ばす。
 登校ラッシュの渋滞を起こしてる学生たちも、あたしのために道を開ける。

 そう、あたしは世間で言うところの不良だ。
 しかも喧嘩がめっぽう強く、ここいらじゃちょっとした有名人。

〝第三中のフェニックス〟といえばあたしのこと。
 中学生の頃に残した武勇伝は数知れず、高校に上がってもそのご威光は健在だ。
 
 負けなし。敵なし。怖いものなし。
 
 ついでに友達も仲間もいないけど、問題なし。
 
 自分一人の力でなんでも解決してきたし、馴れ合いは嫌いだし、そんじょそこらのネーチャンニーチャンじゃ、そもそもこのあたしに付いてこれない。

 要は最強なのだ、あたしは。

 そう自負していた。

 けれどある朝、そんな自信を打ち砕く事件が起きた。

 ☆ ☆ ☆

 それは、登校中の電車内でのこと――、

「――……?」

 お尻に、何か当たっている。

 混雑した車内だ。
 他の乗客と密着してしまうのはしょうがない。
 けれど、その時のそれは、明らかにおかしかった。

 最初は、棒状のものでこつこつと小突かれているような感じだった。
 それがそのうち、擦り付けられるような感触に変わった。

 びっくりして、首だけで振り向く。

 見れば後ろに立っているオッサンが、折り畳み傘を押し付けていた。

(――は? え? 痴漢!?)

 手で直接触っているわけではないから、勘違いかもと思った。
 けど今日は晴れだ。
 折り畳み傘を剥き出しで持ってるのもおかしい。

 となると多分、痴漢なのだろう。
 かっと頭に血が昇った。
 
 痴漢被害の話を聞く度に、痴漢に遭ったことがなかったあたしは「あたしならその場でぶっ飛ばしてやるのに」と、そう考えていた。

 そしてついにその時が訪れたのだ。

 さぁでは考えていた通り、痴漢をぶっ飛ばせたか……答えはノーだ。

「~~~っ! …………っ!」

 あたしは下唇を噛んで、体を強張らせた。

 怖かったわけじゃない。
 ただ、自分が今痴漢をされていると人に知られるのが恥ずかしかった。

 ましてやこの電車にも、到着先の駅にも、同じ学校のやつらがいる。
 騒ぎになって、「三中のフェニックスが痴漢に遭ったらしい!」なんて話が広まることを想像したら、もう身動きが取れなくなってしまった。

 こんなに悔しいのに、怒っているのに、それを発散できない――この拳じゃ解決できない――そんな状況があるなんて、思いも寄らなかった。

 これのどこが最強だと、自信を打ち砕かれて泣きそうになった――。

「――おはよう。宿題やった?」

 それは不意のことだった。

 すぐ隣から声が降ってきた。

 驚いて振り向く。

 うちの学校の制服を着た男子が、あたしに話しかけているのだった。

 穏やかな微笑みを浮かべ、さも友達であるかのような口ぶりのそいつを……あたしは顔も名前も知らない。
 
 だからあたしは呆気にとられて、咄嗟に反応できなかった。

 それでもそいつは落ち着いた様子で、話題を繋げてくれる。

「そういえば、英語の小テストの結果どうだった? あれ、成績に直結するんだって」

 そこでようやく、あたしはこいつの意図に気が付いた。

「……あ、あぁ、小テスト、な。あれは、全然だめだった」

 ぎこちないながらも、ようやく返事を絞り出す。

 するとお尻に当たっていた感触は、たちどころに引いていった。

 ☆ ☆ ☆

 そうやって、そいつはあたしを助けてくれた。

 最強であるはずの自分には為す術もなかった問題を、涼しい顔で解決してくれた。

 なんてすごいやつなんだろう――素直にそう思った。

 お礼がしたい。
 恩返しがしたい。
 こいつのことをもっと知りたい、仲良くなりたい――強くそう思った。
 
「――大丈夫? っていうか、余計なお世話じゃなかった?」

 電車を降りてすぐ、そいつは訊ねてきた。

 ひそひそと囁くようなのは、事をおおっぴらにしないようにという配慮だろう。

 あたしが一番恐れていたことを汲んでくれる、その細やかな気遣いがまた滲みる。

 あたしはますますそいつのことが気に入った。
 そいつの顔を見てるだけで、胸がじんじんして、むず痒くなった。
 
 だから――、

「もし誰かに相談に乗ってほしかったら、第一保健室の芽野先生のところに――」
「なぁお前!」

 あたしはもう、気持ちを抑えきれず、そいつの言葉を遮ってまで口走った。

「あたしとマブのダチになってくれ!」
「………………え?」

 ろくに友達も仲間もいないあたしにとって、それは一世一代のお願い事だった。

 それが、あたしと一号の出会いだった――。
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