第18話「デンタルチェッカー・ミナちゃん」
文字数 1,858文字
「あーーー、いーーー」
「…………」
とある日の昼休み。
第二保健室に行くと、流し台の鏡に向かって、ミナちゃん先生がにらめっこをしていた。
声を出しながら、口を大きく開けたり閉じたり……。
「……変顔の練習ですか?」
「!? い、一号くん!? い、いるならいるって言ってよもー!」
僕が声をかけると、ミナちゃん先生は赤面しながら踏み台から降りた。
「何してたんですか? 変顔?」
「違うってばー。これよこれ」
そう言ってミナちゃん先生が手渡してきたのは、小さなプラスチックのボトル。
ラベルには『歯垢染色剤』とある。
「要は、歯の磨き残しをチェックする薬ね。
試供品としてデンタルグッズを色々もらったから、ちょっと試しに」
歯垢が残っていると、その部分が濃い紅色に染まるようだ。
そしてミナちゃん先生の歯はというと、全体が薄い紅色に染まっているだけ。
つまりは上手に歯磨き出来ているらしい。
さすがは保健室の先生。
「一号くんもやる?」
「面白そうですね。是非」
☆ ☆ ☆
試供品の使い捨て歯ブラシをもらい、いつもと同じように歯磨きをして、歯垢染色剤で口をゆすぐ。
そして流し台の鏡で歯をチェック。
あーーー、いーーー。
「一号くん、変顔の練習?」
「……さっきはからかってごめんなさい」
仕返しが出来て嬉しいのか、ミナちゃん先生は目を細めてくすくすと笑った。
「それにしても一号くん、歯磨きヘタみたいね」
「う……」
返す言葉もない。
歯を見ると、濃い紅色の斑模様が出来ていた。
その斑模様を落とそうと、再度歯を磨く。
が、
「意外。一号くんって結構不器用?」
返す言葉もない。
斑模様は半分ほどしか落ちていなかった。
「歯ブラシの角度と方向の問題ね。貸して」
見るに見かねてか、ミナちゃん先生は僕の手から歯ブラシを抜き取る。
「ほら、しゃがんで口開ける」
「いや、それはちょっと……」
「何を照れてるのよもー。自分じゃ出来てないんだからしょうがないでしょ?」
「…………」
抵抗も虚しく僕はしゃがまされる。
目線の高さが合うと、ミナちゃん先生は「ほら。あー」と大口を開けた。
小さな歯と舌が妙に愛らしく、うさぎや子猫のあくびみたいだと思った。
つられて僕も大口を開ける。
その顎を、ミナちゃん先生は左手でそっと支えた。
そして右手の歯ブラシで、僕の歯を磨き始めた。
「奥歯と歯の裏もちょっと雑みたいね。
ガシガシ磨くんじゃなくて優しく丁寧に。
それから前歯はこう。縦方向に払うように。
――わかった?」
「……ふぁい」
生返事が宙に浮く。
とてもためになる講義内容なのだが、頭には全然入ってきていない。
歯ブラシの感触に気を取られて、それどころではないのだ。
自分で歯磨きをするのとは、まるっきり違う感覚……例えるならそう、まるでミナちゃん先生の手で、指で、口の中をまさぐられているかのような感覚なのだ。
しかもそれが不快ではなく、むしろ妙に気持ちが良くて、だからこそ無性に気恥ずかしかった。
☆ ☆ ☆
「――もう、しっかり者かと思いきや案外ズボラなんだから……。
世話が焼けるわ。
これからはわたしが教えてあげた通り、ちゃんと歯磨きするのよ? いーい?」
「はい」
歯磨きを終え、タオルで口元拭いながら頷いた。
けど多分ムリだ。
ミナちゃん先生に教わった歯磨きの仕方は、まったく頭に残っていない。
残っているのは口の中の、歯ブラシの感触の余韻だけだ。
するとミナちゃん先生が、胡乱な眼差しで僕を見る。
「……そういえば、耳掃除とかは? ちゃんとしてるの?」
歯磨きがヘタだったせいか、そんなことまで疑われてしまったらしい。
しかしその勘ぐりは正しい。
「…………」
耳掃除と言われて、直近でいつしたかを答えようとしたが……答えられなかった。
「~~~! はい! 耳掃除もするわよ!」
「えええ!?」
ミナちゃん先生は信じられないとばかりに目を吊り上げて、戸棚から耳かきを持ってくる。
そしてベッドによじ登ると、ぺたんと女の子座りをして膝をぺちぺちと叩いた。
「さ、来なさい」
「えぇ……本気ですか?」
僕はごまかし笑いで煙に巻こうとしたが、ミナちゃん先生の眼差しは、僕を射抜いたまま緩まなかった。
「…………」
とある日の昼休み。
第二保健室に行くと、流し台の鏡に向かって、ミナちゃん先生がにらめっこをしていた。
声を出しながら、口を大きく開けたり閉じたり……。
「……変顔の練習ですか?」
「!? い、一号くん!? い、いるならいるって言ってよもー!」
僕が声をかけると、ミナちゃん先生は赤面しながら踏み台から降りた。
「何してたんですか? 変顔?」
「違うってばー。これよこれ」
そう言ってミナちゃん先生が手渡してきたのは、小さなプラスチックのボトル。
ラベルには『歯垢染色剤』とある。
「要は、歯の磨き残しをチェックする薬ね。
試供品としてデンタルグッズを色々もらったから、ちょっと試しに」
歯垢が残っていると、その部分が濃い紅色に染まるようだ。
そしてミナちゃん先生の歯はというと、全体が薄い紅色に染まっているだけ。
つまりは上手に歯磨き出来ているらしい。
さすがは保健室の先生。
「一号くんもやる?」
「面白そうですね。是非」
☆ ☆ ☆
試供品の使い捨て歯ブラシをもらい、いつもと同じように歯磨きをして、歯垢染色剤で口をゆすぐ。
そして流し台の鏡で歯をチェック。
あーーー、いーーー。
「一号くん、変顔の練習?」
「……さっきはからかってごめんなさい」
仕返しが出来て嬉しいのか、ミナちゃん先生は目を細めてくすくすと笑った。
「それにしても一号くん、歯磨きヘタみたいね」
「う……」
返す言葉もない。
歯を見ると、濃い紅色の斑模様が出来ていた。
その斑模様を落とそうと、再度歯を磨く。
が、
「意外。一号くんって結構不器用?」
返す言葉もない。
斑模様は半分ほどしか落ちていなかった。
「歯ブラシの角度と方向の問題ね。貸して」
見るに見かねてか、ミナちゃん先生は僕の手から歯ブラシを抜き取る。
「ほら、しゃがんで口開ける」
「いや、それはちょっと……」
「何を照れてるのよもー。自分じゃ出来てないんだからしょうがないでしょ?」
「…………」
抵抗も虚しく僕はしゃがまされる。
目線の高さが合うと、ミナちゃん先生は「ほら。あー」と大口を開けた。
小さな歯と舌が妙に愛らしく、うさぎや子猫のあくびみたいだと思った。
つられて僕も大口を開ける。
その顎を、ミナちゃん先生は左手でそっと支えた。
そして右手の歯ブラシで、僕の歯を磨き始めた。
「奥歯と歯の裏もちょっと雑みたいね。
ガシガシ磨くんじゃなくて優しく丁寧に。
それから前歯はこう。縦方向に払うように。
――わかった?」
「……ふぁい」
生返事が宙に浮く。
とてもためになる講義内容なのだが、頭には全然入ってきていない。
歯ブラシの感触に気を取られて、それどころではないのだ。
自分で歯磨きをするのとは、まるっきり違う感覚……例えるならそう、まるでミナちゃん先生の手で、指で、口の中をまさぐられているかのような感覚なのだ。
しかもそれが不快ではなく、むしろ妙に気持ちが良くて、だからこそ無性に気恥ずかしかった。
☆ ☆ ☆
「――もう、しっかり者かと思いきや案外ズボラなんだから……。
世話が焼けるわ。
これからはわたしが教えてあげた通り、ちゃんと歯磨きするのよ? いーい?」
「はい」
歯磨きを終え、タオルで口元拭いながら頷いた。
けど多分ムリだ。
ミナちゃん先生に教わった歯磨きの仕方は、まったく頭に残っていない。
残っているのは口の中の、歯ブラシの感触の余韻だけだ。
するとミナちゃん先生が、胡乱な眼差しで僕を見る。
「……そういえば、耳掃除とかは? ちゃんとしてるの?」
歯磨きがヘタだったせいか、そんなことまで疑われてしまったらしい。
しかしその勘ぐりは正しい。
「…………」
耳掃除と言われて、直近でいつしたかを答えようとしたが……答えられなかった。
「~~~! はい! 耳掃除もするわよ!」
「えええ!?」
ミナちゃん先生は信じられないとばかりに目を吊り上げて、戸棚から耳かきを持ってくる。
そしてベッドによじ登ると、ぺたんと女の子座りをして膝をぺちぺちと叩いた。
「さ、来なさい」
「えぇ……本気ですか?」
僕はごまかし笑いで煙に巻こうとしたが、ミナちゃん先生の眼差しは、僕を射抜いたまま緩まなかった。