第23話「虫虫パニック」

文字数 1,630文字

 とある日の昼休み。
 
 芽野先生から呼び出しのラインが入った。
 
 一体何の用かと第一保健室へ行ってみると、珍妙な光景がそこにあった。

「あ~。よかった~。一号くん来てくれた~」
「! 一号くんまで巻き込むなんて! 
どうしてそう被害者を増やそうとするのよも~!」
「ばっ、一号! 
だから敵の呼び出しにノコノコ顔出すなってば~! 
あぶねーだろー!?」

 芽野先生だけでなく、ミナちゃん先生と朱雀井さんもいた。

 しかも三人とも、川の字に並ぶベッドの上にそれぞれ立っていた。

 ……さっぱり状況が掴めない。

「タカオニでもしてたんですか?」
「惜しい~。あのね、オニよりも怖い虫が出たの」

 芽野先生は両手の人差し指を頭の上に立てて、ぴょこぴょこ動かした。
 触覚のつもりだろう。

「あー、Gですか」
「そうなの~。
でね? 私そういうの苦手だから、最初はミナちゃんに退治してもらおうと思って呼んだんだけど……」
「呼び出された理由が虫退治だって知ってたら来なかったのに……! 
無理だからわたし!」
「――と、この通り。
あーあ、子供は虫に強いと思ったのにな~。
ミナちゃんったら、私が思ってる以上に大人だったみたい」
「……わたしが、大人……? ……ふふん」
「何をまんまと喜んでるんですか。
芽野先生はこれ、絶対ミナちゃん先生が虫無理ってわかって呼んでますからね」

 ともあれなるほど。
 事情は大体把握できた。

「それでミナちゃん先生の次に、朱雀井さんが呼ばれたと」
「おお! そうなんだよ! 
急に知らない番号から電話掛かってきてな。
『話がある』っつーから、いよいよ喧嘩かと思って来てみたら、この有様だ」
「朱雀井さんも虫ダメだったんだね」

 怖いもの知らずな朱雀井さんらしからぬ、可愛らしい一面だ――と思ったが、朱雀井さんは首を横に振った。

「いや? あたしは退治できるぞ?」
「え? じゃあなんでベッドの上にいるの?」
「こいつらに上から見下されて顎で使われるのが癪だったから」
「…………」
「それをしていいのは、あたしが〝同格〟か〝それ以上〟と認めた相手――つまり一号、お前だけだぜ」
「そう……」

 朱雀井さん、気位が高いのはいいんだけど、将来働く時とかには苦労しそうだなぁ……。

 そんな僕の懸念をよそに、ミナちゃん先生がベッドの縁から身を乗り出して、手を差し伸べてきた。

「そんなことより一号くん! 
早くわたしのベッドに避難して! さあ!」
「! ……おいおい、避難ならあたしのベッドに来るべきだろ!
 一号を守るのはあたしだ! なぁ一号!?」

 負けじと朱雀井さんも、僕を自分のベッドへと呼ぶ。

「私のベッドにおいでよ、一号く~ん。お姉さんとイイコトしよ~?」

 芽野先生もなんか言ってるが無視して、僕は流し台の下の戸棚を開けた。

 そこに収納されているのは洗剤や石鹸――そして殺虫剤。

「で、どの辺にいるんですか? Gは」

 僕は殺虫剤の缶を手に取り、三人に指示を仰いだ。

 ☆ ☆ ☆

「ほら~。やっぱり一号くんを呼んで大正解~。
次からは真っ先に一号くんを呼ーぼおっと」と、ご満悦の芽野先生。

「うあ~! ありがとう一号くん~! 
もう二度とベッドから降りれないと思った~! 
ほんとに頼りになるぅ~!」と、安堵のあまり半べそのミナちゃん先生。

「はっはっは! どうだ、一号の凄さがわかったか? 
これからは気安く話しかけんじゃねーぞ。
敬語使え敬語」と、なぜか偉そうな朱雀井さん。

 Gを片付けたあとの反応はこの通り。

 けど別に、たかだかG一匹に大げさな――なんてことは思わない。

 僕も本心では、全然へっちゃらだったわけじゃないから。

 嫌々、渋々、気持ち悪いなーと思いつつ、平静を装って退治した。

 まぁ、それくらいのカッコはつけないとね。男として。
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