第25話「祝! 初遊び」

文字数 1,573文字

 日曜日。

 駅前でぼんやり突っ立っていると、耳馴染みのある声が飛んできた。

「えええ!? は、早くない!?」

 見ればミナちゃん先生が、目を真ん丸にして、テテテと駆け寄って来るのだった。

「ミナちゃん先生こそ」

 僕は笑って返す。
 
 二人して待ち合わせ時間より二十分も早く到着した形だ。

 僕は時間を守る方とはいえ、普段からこんなに早いわけではない。

 今日が特別で、初めて遊びに行く相手だからと、ちょっと早めに家を出たのだ。

 そう、今日僕はミナちゃん先生と遊びに来ている。

「だらしない子だと思われないように、絶対先にいようって決めてたのに……」
「そんなの今更必要ないでしょう。
きっちりしてるのは普段の仕事ぶりからもわかりますよ」
「でも、『仕事ではきっちりしてるけどプレイベートでは案外……』とか思われたら恥ずかしいじゃない」
「気にしすぎです」

 そんな、出会い頭のやり取りにも一段落ついたところで、僕は改めてお辞儀した。

「こんにちは」
「こんちには」
「噛みましたね」
「流して! いじわる!」

 ミナちゃん先生はちょっと固くなってるようだった。

 気持ちはわかる。

 いつも学校内でだけ会う人と、学校外で会った時のぎこちなさ。
 公私の境界が曖昧になる感覚。

 現に僕も今、ちょっとだけそれを感じてる。
 わざわざお辞儀なんてしたのも、その照れ隠しだ。

 二人してそわそわしつつ、ミナちゃん先生は僕の頭のてっぺんから爪先までをまじまじ見て言う。

「私服の一号くん、初めて見た」
「そうですね」
「なんか、新鮮でいいわね」

 知られざる秘密を知ってはしゃぐように、ミナちゃん先生は無邪気に口角を上げる。

 いやぁ……なんとも照れくさい。

 話題を逸らそうと、僕は言い返す。

「先生も、完全に私服ですね」
「そうねー。
でもわたしはいっつも白衣の下が私服だし、新鮮味ないでしょ」

 確かに今日のミナちゃん先生は、見覚えのあるカットソーに、見覚えのあるショートパンツだ。

 だからミナちゃん先生は謙遜したのだろうが、とんでもない。

「いえ、帽子とかポーチとかはプライベートならではって感じじゃないですか」

 そう。
 見覚えのあるカットソーとショートパンツに加え、もこっとしたシルエットがかわいいキャスケットと、女の子らしいちっちゃなポーチも身につけているのだ。

 僕が指摘すると、ミナちゃん先生は少し自信なさげに、キャスケットの鍔をいじる。
 
 その際、手首にはシンプルなビーズのブレスレットも覗き見えた。

 そういった、ちょっとした小物がアクセントとなって、ミナちゃん先生の私服姿はとても新鮮な印象を受ける。

 きっとお出かけだからと、おめかししてきたのだろう。

 そしてだからこそ、不安もあるのだろう。

 だから僕は、率直な感想を口にした。




「かわいいですよ。よく似合ってます」




 すると、ミナちゃん先生はぱーっと満面の笑みを咲かせた。

「そ、そう? 帽子もポーチも全部おじいちゃんが買ってくれたのよ!」
「ミナちゃん先生、校長のこと大好きですね」

 そして校長はミナちゃん先生のことを好き過ぎる。

「食べ物の好みが合わない以外はいいおじいちゃんだからね」

 ピリッと辛いことを言う。

 けれどその、食の好みの不一致には感謝しなければならない。

 もしもミナちゃん先生と校長の食の好みが合ってたら、今僕はここにいなかったかもしれないのだから――。




「じゃあ、行きましょうか。ラーメン食べに」
「うん!」




 そうして僕はミナちゃん先生とラーメンを食べに行き、その後もだらだらのんびりと、穏やかな余暇を過ごしたのだった。
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