第24話「フレンズ申請」

文字数 2,146文字

「これ借りてた漫画。ありがとう」

 第二保健室に呼び出されたので行ってみると、ミナちゃん先生から紙袋を渡された。
 
 中身は僕が貸してた漫画だ。

「どうでした?」
「すっごい面白かった! 
この土日で読破して、劇場版もブルーレイをレンタルして観ちゃったわ!」
「よかった。またなにか、先生が好きそうなの見つけたら紹介しますよ」
「ええ! 楽しみしてるわ! 
一号くんはすっかりわたしの漫画ソムリエね」

 くすくすと笑うミナちゃん先生。

 ワインもまだ飲んでないだろうに、ソムリエなんて言葉が出てくるなんて、なんだかおしゃまだ。

 微笑ましく思いつつ、ふと気になったことがあったので聞いてみた。

「そういえば先生って、普段休日は何してるんですか?」

 ミナちゃん先生とはそこそこ交流を重ねてはいるが、あくまでそれは学校内でのこと。
 
 何気にプライベートは未知の領域だ。

「んー、漫画とか本を読んだり、ゲームしたり、映画を見たり、猫と遊んだり……。
あとお料理も好きだから、ちょっとだけ手の込んだものを作ったりね」
「あぁ、先生らしいですね」

 イメージ通り、とても健全な休日の過ごし方でほっこりする。
 
 これで「お洒落なカフェを巡ってSNSに投稿するのよ」とか言われたら……なんかちょっと嫌だった。

「一号くんは?」
「猫と料理以外はミナちゃん先生と一緒ですよ。
なのでまぁ、大体インドアな趣味に没頭してます」
「一号くんらしいわね~」

 へにゃ~っと、ちょっと安心したように笑うミナちゃん先生。
 
 先生も僕と一緒で、「『休日はクラブ遊びっすね!』なんて言われたら嫌だったわ……」とか思ってるのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、ふと思い出したことがあり、付け足した。




「あ、でも最近は朱雀井さんに誘われて出掛けることも多いかなぁ」




 曰く「マブのダチは休みの日でも遊ぶもんだ!」とかなんとかで、しょっちゅう連絡が来るのだ。

 そしてそうと知るやいなや、




「……え?」




 ミナちゃん先生は愕然として固まった。

「一号くん……学校以外でも朱雀井さんと会ったりしてるの……?」

 ミナちゃん先生の反応にぎょっとしつつ、僕は答える。

「え、ええ。たいしたことはしてないですけどね? 
朱雀井さんがラーメン好きなんで食べ行ったり。あとは本屋行ったり、映画を観に行ったり」
「!?」

 そして僕が一言口にする度に、ミナちゃん先生の表情は暗く沈んでいった。

「……あの、ミナちゃん先生?」
「……いいわね。楽しそうで……」
「…………」
「わたしがおじいちゃんとあっさりした素麺をすすってる時に、一号くんは朱雀井さんとこってりラーメンをすすってるのね」

 珍しくいじけた物言いだ。

「……校長とこってりラーメンを食べに行けばいいんじゃないですか?」
「おじいちゃんはもう、こってりしたもの受け付けないから……」
「あぁ……」

 いたたまれなくて二の句が継げない。
 
 めちゃくちゃ厳つい容姿の人ではあるけれど、胃腸の方は年相応なのだろう。

「本屋さんも行きたい……映画館も行きたい……おじいちゃんとじゃなくて、友達と……」
「行けばいいじゃないですか」
「そういう友達いないんだもん」

 そこまで言わせてしまってから、僕はようやく理解した。
 なぜこんなにもミナちゃん先生がいじけているのかを……。

 ミナちゃん先生は10才。
 学年で言えば小学五年生だ。

 けれど海外で義務教育を終えてきた帰国子女だから、小学校には通っていない。

 つまり、同年代の友達がいないのだ。

 これだけ人懐こい女の子が、インドアな一人遊びで休日を過ごしていたのも、それが一因だったのかもしれない。

 そう思いを馳せると、




「――じゃあ、僕と遊びましょうよ」




 自然と、そんな言葉が口をついて出ていた。

「え!? い、いいの!?」

 ミナちゃん先生は素っ頓狂な声を上げる。
 
 そんなに僕からの遊びの誘いは意外だろうかとちょっと寂しくなったけれど、ミナちゃん先生が気にかけているのはそこではないらしい。

「でも、先生と生徒がそんな、プライベートで遊びに行ったりとかなんて……」

 なるほど。
 立場的に、ミナちゃん先生は僕と個人的な交友関係になることはNGだと思っていたようだ。

 まぁその気持ちもわからないでもないが、僕は平然と答える。

「問題ないんじゃないですか?」

 芽野先生とも普通に髪切りに行ったりしたし。あれも広義的に言えば遊びだろう。

 もし誰かに咎められても、芽野先生の前例を出してスケープゴートになってもらえばいい。
 
 ナイスアイディア。

「じゃ、じゃあじゃあ! 今週のお休みとか……空いてる?」
「ええ。空いてますよ」
「わたしと……遊んでくれる?」
「もちろん」
「~~~!」

 僕が首肯すると、ミナちゃん先生はぴょんぴょんと飛び跳ね、全身で喜びを表現した。




 遊びの約束をしただけでこんなに喜んでもらえるなんて、友達冥利に尽きるというものだ。
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