第16話「芽野先生VSフェニックス」

文字数 2,496文字

【 放課後、屋上にて待つ。 H.M 】

「…………」

 下駄箱にすごいものが投函されていた。

『果たし状』と記された書状で、内容は上記の通り。

 わざわざ半紙に毛筆で書かれている辺りにこだわりを感じる。

「――お、一号ぉー。一緒帰ろうぜー」

 そう呑気に声を掛けてきたのは、通りすがりの朱雀井さん。

「ん? なんだそれ」

 朱雀井さんは、僕の手から果たし状を抜き取ってしまう。

「あ、まずいかも」と思い、慌てて取り返そうとしたけれど、一足遅かった。

 朱雀井さんはそれを一読するやいなや、クシャッと握り潰し、僕の肩をぽんと叩いた。

「任せな。一号を傷つけるやつは、あたしが全員ぶっ飛ばしてやる」

〝第三中のフェニックス〟の名に相応しい、気迫に満ちた朱雀井さんがそこにいた。

「いや――」と僕が止めようとするも、朱雀井さんは人差し指を僕の口の前に立てて、二の句を継がせない。
 
 そしてふっと笑みを零して、こう続けた。

「お前があたしにしてくれたことと、一緒だぜ?」
「朱雀井さん……」
「やっとあの時の恩返しが出来る」
「…………」

 朱雀井さんの気持ちはすごく嬉しいし、心強い。
 その義理堅さも感服する。

 しかし盛り上がっているところ大変申し訳ないのだが、違う。
 違うんだよ朱雀井さん。

 多分この果たし状、そんなガチのやつじゃなくて、あの人のイタズラだ。

☆ ☆ ☆

「一号の敵はあたしの敵だ!」だの「一号は見てるだけでいいからな。あたしが全部片付けてやる」だの、熱いお言葉を朱雀井さんから頂戴しながら、屋上へ行ってみる。

 するとそこで待ち構えていたのは、僕の予想通りの人だった。

「――来たわね、一号くん」
「〝来たわね〟じゃないですよ。
なんですかあの果たし状は。芽野先生」

 吹き抜ける風が、白衣の裾をはためかせ、それっぽい雰囲気を演出している。

 果たし状の差出人、H.Mこと芽野遥先生だ。

 芽野先生は僕の胡乱な目を受け流し、隣の朱雀井さんへと視線を移す。
 
 そして薄い微笑みを口元に浮かべた。

「あなたも。
もしかしたらと思ったら、やっぱり来たわねぇ。朱雀井小碧さん?」
「……あたしの助太刀も想定済みってわけか。
いい度胸じゃねえか! 
名乗れ! テメェ誰だ!」

 一応さっき僕が言ったんだけどな……聞いてなかったのかな……。

「私は芽野遥。第一保健室の養護教諭でーす」
「保健室の先公だぁ……?」

 相手の正体を知り、朱雀井さんは眉をひそめると、僕に囁く。

「――気をつけろ一号。あいつ、きっとメスか毒薬を持ってる」

 持ってないから。
 
 朱雀井さんは医療関係者に抱いているイメージがちょっとアレだ。

 芽野先生は続ける。

「ちょうどよかったわ。
朱雀井さんには、謝ってもらわなくちゃいけないことがあったから」
「?」
「一時期、うちの学校のヤンチャな男の子を相手に、喧嘩して回ってたでしょー。
朱雀井さんに負かされて、怪我をした子が何人いたか」

 そう言って口を尖らせる芽野先生。

「あぁ、それを謝れって? 
嫌だね。それはエラソーにしてたあいつらが悪い」

 対する朱雀井さんは、悪びれもなく口の端を持ち上げた。

 すると、

「あ、別にあの子達には謝罪なんていらないわよー。自業自得だと思うし」
「は? じゃあ誰に謝れって?」
「私~」
「?」
「一時期その子たちの手当てで、保健室が大忙しになっちゃったんだから。
余計なお仕事が増えた私に謝ってほしいなぁ」
「「…………」」

 これだよこれ。

 これが『白衣の女神』だのと大多数の生徒から持て囃されている芽野先生の本性だ。

 外面の良さでうまくカモフラージュしているが、基本この人は自分本位だ。

「お、おぅ……。そりゃあ悪かったっす……サセン」
「うん」

 僕は呆れてものも言えず、朱雀井さんは毒気を抜かれ、ぺこっと頭を下げて詫びる。

「……って、そんなことより一号に果たし状たぁどういう了見だ! 何の用だ!」

 朱雀井さんが話を本題に戻すと、芽野先生は僕に目を細めたのだった。

「ああ、その用ならもう済んじゃった」
「なにぃ?」
「ひと目見ておきたかっただけだから~」
「…………」

 一体どういうことだろうと、その真意を汲みきれず、僕は立ち尽くす。

 すると芽野先生はクスッと笑い、「それじゃあ」と言ってその場を去ろうとした。

 そのすれ違いざまだ。





「――安心した。仲良くね」





 そんな、僕にだけ聴こえるくらいの囁き声を、芽野先生は残していったのだった。

「…………」
「……なるほど。
このあたしがマブのダチと認めた唯一の男を、ひと目見ておきたかった、と……。
偵察だな」

 朱雀井さんが、警戒の眼差しで芽野先生を見送りながら言う。

「用心しろよ、一号。あの女、いずれ仕掛けてくるぜ」
「そうなの?」
「ああ。あたしの経験上、あの台詞を吐いた奴とは後々必ずカチ合ったからな」
「……朱雀井さん、ほんとどんな中学時代を過ごしてきたの?」

 バトル漫画のお約束がそのまま適用される生活なんて凄まじすぎる。

 思わず噴き出しながら、しかし僕は首を横に振った。

「心配してくれてありがとう。でも、多分そうじゃないから、大丈夫だよ」

 確かに偵察は偵察だったのだろう。
 しかしあれはきっと、僕のことを心配してくれてのこと。

 おそらく僕が、何人もの男子生徒を保健室送りにするような不良とつるんでいるという話を聞きつけて、様子を探ろうとしたのではなかろうか。

 そしていざ、僕と朱雀井さんの対面してみて、問題はなさそうだとわかった。

 それで零れた言葉が、最後のアレ。

――安心した。仲良くね。

 そんな、過保護な母親じゃあるまいし、僕が誰と仲良くしてたって心配なんていらないのに……。

 けれどまぁ、ありがとうございます。いつもいつも、気にかけてくれて。
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