第11話「懐かれフェニックス」

文字数 2,228文字

「一号ってさ、鷹匠かなんかの家系だったりするの? やっぱり」

 休み時間、友達から出し抜けにそんなことを言われ、僕はポカンとしてしまった。

「……ごめん、ちょっと言ってる意味がよく……」
「いや、あの〝第三中のフェニックス〟を手懐けてるからさ」
「……あぁ」

 ようやく合点がいって、僕は苦笑い。

「一体何があったんだよ」
「別に。普通に仲良くなっただけだよ」

 僕が答えると、今度は友達が苦笑いした。

「普通の人間は、猛獣と仲良く出来ないんだよなぁ……」

 ☆ ☆ ☆

「一号ぉー。いるー?」

 噂をすればなんとやら。

 友達とそんな話をしていたところ、僕の名を呼ぶ声が響く。

 見れば教室の出入り口に、キョロキョロと中を見回している女の子の姿が――朱雀井さんだ。

 教室内がにわかにざわつき、緊張すら走る。

 そんな中で朱雀井さんは、僕を見つけるやいなや、にかっと笑った。

――あの朱雀井さんが……笑ってる!?
――しかめっ面がデフォの、あの朱雀井さんが……!?

 どよめきが広がって、周りからひそひそ話が漏れ聞こえる。

 朱雀井さんはそれを歯牙にも掛けず、ズカズカと僕のもとにやって来る。

 一体何の用だろうか。

「ちょっと貸してほしいものあってさー」
 
――貸してほしいもの……? お金……?
――いや、(ツラ)じゃ……。

 多分違う。

「現国の教科書なんだけど」

 ほら違った。
 朱雀井さんの口からとっても平和的な単語が飛び出して、周りはますます目を丸くした。

「ごめん。今日現国ないんだ」
「ちぇー」

 あてが外れて口をすぼめる朱雀井さんは、なんとなく愛嬌がある。

――笑顔だけでも驚きなのに……なんだ、あのかわいい表情は……!?
――生きていたのか、朱雀井さんの表情筋は……!

 どんな驚き方だ。

 ともあれ、

「わざわざ聞きに来ないでラインくれればいいのに」

 朱雀井さんのクラスとは教室が離れているので、手間だろうと思い、僕は言う。

 すると朱雀井さんは、拗ねるように唇を尖らせた。

「はー? 一号、あたしがラインしても無視すんじゃん」
「授業中はね。休み時間には普通に読むし、返すよ」
「あ~。そういう自分ルールな」
「違うよ。これは学校のルールだよ」
「なんにせよ、休み時間ならラインするより来ちゃったほうがいいだろ」
「どうして? 手間じゃない?」
「顔が見たいんだよ、お前の」
「…………」

 あまりにも自然に言われたものだから、僕は咄嗟に言葉を返せなかった。

「……あれ? なんかあたし、変? マブダチって、無性に顔見たくなったりするもんじゃないの?」

 僕の戸惑いが感染ったように、朱雀井さんも狼狽える。

 それが可笑しくて、僕はふっと口元を緩ませた。

「ううん。僕も、しばらく会ってない友達の顔とか見たくなったりするよ」

 僕が言うと、朱雀井さんは「そうか! だよな! よかった~」なんて言って、

「それじゃ!」

 颯爽と帰っていくのだった。

 去り際に残していったのは、無防備で人懐こい笑顔……巷では〝フェニックス〟だの〝札付きの不良〟だのと恐れられているようだが、とてもそんな怖い子とは思えない。

 朱雀井さんが教室を出ていくと、固唾を呑んで見守っていたと友達が口を開いた。

「……一号、俺の顔も見たくなったりする?」
「するよ」
「!」

 僕が迷わず答えると、友達は半ば呆れたように笑った。

「……俺達は毎日顔つき合わせてんのに……一号、お前、めっちゃいい奴だな」
 
 ☆ ☆ ☆

 とある日の朝のことだった。
 
 通学中の電車で、困っている様子の女の子を見かけた。
 
 顔も名前も知らない子だったけど、見て見ぬふりもできず、僕は声を掛けた。
 
 その女の子というのが朱雀井さんで、電車から降りた後、朱雀井さんは僕に言った。

「あたしとマブのダチになってくれ!」と。

「――こんな気持ち、初めてでさ。あたし今、あんたにすっげー感動してて、恩返ししたいと思ってる」
「あと、あんたのことをもっと知って、あたしのことも知ってほしくて――えっと、だから、つまりその……そう、仲良くなりたいって思ってる!」
「だから、マブのダチになってほしい!」
「――あ、でもマブのダチってのはあれか……こっちから押し付けるもんでもないか……」
「……よし、じゃあ片思いだ! あたしはあんたのマブのダチだって、片思いをさせてもらってもいいか!?」

 彼女が僕に恩義や感謝を抱くのは理解できる。
 痴漢(と思わしきおじさん)を、彼女に代わって牽制したのだから。

 とはいえ〝マブのダチ〟になりたいだなんて、変わったことを言う子だなと思った。

 けれどそう懇願してくる朱雀井さんは、とても一生懸命で、ひたむきだった。
 
 気持ちが昂ぶっているせいか、言葉がしどろもどろだったのも、彼女の真剣さの裏返しに思えた。
 
 だから――、

「うん。じゃあ僕の方は、とりあえず普通の友達ってことで」
「! やった! あ、あたし朱雀井小碧! お前の名前は!? クラスは!? あっ、連絡先教えてくれよ――!」

 それが僕と朱雀井さんの出会いだった。
 
 ……ちなみに、朱雀井さんが巷で有名な不良だと知るのは、このまた少しあとのお話――。
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