第28話「突撃! 南中道邸」

文字数 2,018文字

 目の前にあるインターホン、そのボタンを押すのには、少しばかりの思い切りが要った。

 ピンポーン……――呼び出し音の残響も早々に薄れ、訪れた静寂。

 ……無性に緊張する。

『はい』

 受話口から返事があって、僕は落ち着いて名乗ろうとしたが、

『あ、一号くんね?』
「あ、はい。そうです。こんにちは」

 このインターホン、カメラ付きのようで、名乗るまでもなく僕と認識してくれた。

 それにしても、

『ミナー、一号くん来たわよー。どうするのー?』

 この声は、まさか……。

『わー! 待って待って! あと三分~!』というミナちゃん先生の声が、微かにインターホンから漏れ聞こえる。

『ごめんなさいね。
入り口の鍵を開けるから、とりあえず玄関まで来てもらえる?』
「わかりました。お邪魔します」

 言うやいなや、目の前の戸口がカチャンと解錠の音を立てた。

 表札には『南中道』とある。

 ☆ ☆ ☆

――ねえ一号くん、よかったら週末、うちに遊びに来ない?

 そうミナちゃん先生に誘われたのは三日前。

 すでにミナちゃん先生とは何度か遊びに出かけたりしていたから、僕は何の気もなしにそのお誘いを受けた。

 ミナちゃん先生は10才にして大学を卒業した才女。

 祖父も高校の理事兼校長と来てる。

 さぞかし立派なお家柄なのだろうなぁと、ぼんやりと想像してはいたが……その立派さは僕の想像を軽く超えるものだった。

 まずもって豪邸である。
 しかもその豪邸ぶりがなんというかその……生々しい。
 漫画に出てくるような、西洋風のお屋敷ならまだ逆に笑えたかもしれない。

 けれど違うのだ。

 まず公道からは、車三台は優に停められそうなガレージ部分しか見えない。
 
 重厚なシャッターが下ろされたそれは、堅牢な要塞を思わせた。

 そしてそのガレージは、門扉を兼ねていたようで、脇に戸口とインターホンがあり、僕はそこから敷地内へ入った。

 敷地内は外観からは想像もつかないほど緑豊かだった。
 
 手入れの行き届いた芝生と植木が目に眩しい。

 足元は石畳で舗装され、石畳が伸びた先に母屋があったのだが、それがまたモダンなキューブ型の、モデルハウスのようなシャレオツ豪邸。

 事前情報として二世帯住宅とは聞いていたが……五世帯は余裕で住める。
 
 庭にテントを張ればさらにその倍世帯いける。それほどの大きさだ。

 これが現代日本におけるお金持ちの実像かと、僕はひたすら圧倒された。

 そのシャレオツ大豪邸の玄関が開く。

「いらっしゃい。どうぞ上がって」

 言いながら顔を出したのは、大人の女の人だった。
 先程インターホンに出た人だろう。声が一緒だ。

 シンプルなブラウスにパンツルックで、くびれた腰に前掛けのエプロンを巻いている。

 艶やかな黒髪は、後ろでゆるく、ひとつ結び。

 自然な薄化粧でも十分に映える美人さん――その姿をひと目見て、僕は確信した。

「ごめんなさい。挨拶が遅れたわね。ミナの母の佳代です」

 やっぱり。この人がミナちゃん先生のお母さん。
 
 インターホン口の印象から、なんとなくそんな感じがしていた。

 言われてみれば、確かに目元にミナちゃん先生の面影がある。

 それとひとつ、「あれ? この人……」と気掛かりがあったのだが……それはまぁ追々確認するとしよう。

「いつもミナがお世話になってます」
「いえ、とんでもない。
こちらこそミナちゃん先生にはお世話になりっぱなしで……。
――あ、これ、お土産です。どうぞご家族の皆さんで召し上がって下さい」
「まぁ、そんな畏まる必要ないのに……かえって悪いわねぇ」
「いえ、つまらないものですので」
「ありがとう。頂くわ」

 そうして持参していた菓子折りを手渡し、なんとなく一仕事終えた感を覚えていると、佳代さんは僕をまじまじと見て言う。

「話に聞いてた通り、本当に礼儀正しい子なのね」

 そして、



「嫌だわ、こんな格好でお迎えした私がだらしないみたい」




 佳代さんは困り顔でしんなり微笑みながら、ブラウスの胸元を軽く引っ張った。

 その仕草に、僕はドキッとしてしまった。

 引っ張って伸びたブラウスの襟から、ほっそりとした鎖骨と、下着の肩紐が覗き見えたのだ。

 落ち着いた物腰とは裏腹の、その無防備さ――それがそこはかとなく漂う生活感と相まって、しっとりとした色気を醸していた。

(なんかちょっと……初対面だからとか関係なく緊張する人だな……)

 そんなことを考えていると、正面の階段からパタパタと足音が駆け下りてくる。

「わー! ごめんなさい一号くん! いらっしゃーい!」

 慌てた様子で現れたのはミナちゃん先生。
 その姿を見て、僕はようやくひと心地着けたような気がした。
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