第31話「濡れ鼠のフェニックス」
文字数 1,598文字
梅雨時期。
雨脚が強い、とある朝のこと。
「……どうしたの? 朱雀井さん。ずぶ濡れで」
「ハァ、ハァ……ちょっとな!」
昇降口で、濡れ鼠となった朱雀井さんと鉢合わせた。
この雨の中を、傘も差さずに走ってきたようだ。
シャギーな短髪がぺったりとへばりつき、制服は雨を吸って、ぴったりと身体に張り付いている。
「風邪引くよ?」
「あっはっは! 一号は大げさだなぁ。
雨に濡れたくらいで風邪なんか引くかよー。
シャワー浴びて風邪引くやつなんて聞いたことないだろ?」
同じ濡れるのでもシャワーと雨とでは訳が違う。
まぁ、朱雀井さん、やたら身体が丈夫で風邪ひとつ引いたことないらしいから、本当にへっちゃらなのかもしれない。
が、それとは別に、目のやり場に困る今の状態は、一刻も早くどうにかするべきだ。
朱雀井さんは無頓着な様子だけど……呼吸を整えようと上下する胸には、薄い青の下着がはっきりと透けてしまっている。
「すぐ着替えなね?」
「そうしたいんだけど、今日体操着ないんだよな~?」
とか言いながら、ちらちらと意味深な目配せをしてくる朱雀井さん。
僕は頭を振った。
「生憎、僕も持ってないよ。今日は」
「ちぇっ」
「ていうか、あっても貸さないよ……」
「なんで!? マブダチなら体操着の貸し借りくらい――!」
そういう論法で来るだろうとは思ったけれど、さすがに男女で体操着を貸し借りするのには抵抗がある。心情的に。
そして僕があてにならないと知った朱雀井さんは、諦めの嘆息を一つ吐きつつ、ケロッと笑った。
「まぁいいや。
ちょっと気持ち悪いけど今日はこのままで過ごすよ。
あたし、一号以外に体操着借りれるようなダチいないし――」
「いるよ。貸してくれる人」
「へ?」
僕が即座に言い返すと、朱雀井さんは目をパチクリさせた。
☆ ☆ ☆
ゴウンゴウンと音を立てて回る、乾燥機付き洗濯機。
ジャージ姿の朱雀井さんは、その丸窓を覗きこみ、ぐるぐる回っている自分の制服に「おぉ~」と感嘆の声を上げた。
子供みたいな朱雀井さんの背中に、ミナちゃん先生が忍び笑いで声を掛ける。
「昼休みに取りにいらっしゃい。アイロンも掛けておいてあげるから」
「おぉ、何から何まで悪いな。サンキュー」
「ふふん。どういたしまして」
「……でも、無理しなくていいからな?
アイロンってお前、迂闊に触ると火傷したり、制服に焦げ跡とかつくやつだからな?
チビにはまだ早いぞ?
気持ちだけ受け取っとくよ」
「出~来~ま~す~!」
ぷりぷりと怒るミナちゃん先生。
朱雀井さんが困り顔で、僕に助けを求めてきたが、
「ミナちゃん先生はこういう時に無理するような人じゃないから、平気だよ」
僕はミナちゃん先生の肩を持った。
実際、そうだと思うし。
僕に支持されて得意げに胸を張るミナちゃん先生が、なんとも可愛らしい。
☆ ☆ ☆
第二保健室には(第一保健室もだけど)何かあった時のために、貸出用の衣類が一通り揃っている。
それを知っていた僕は、朱雀井さんを連れてきたというわけだ。
ミナちゃん先生はずぶ濡れの朱雀井さんをひと目見て、「あらあら大変。すぐにタオルと着替えを用意するわね」と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
基本、人に優しくされるのに弱い朱雀井さんは、その献身っぷりにたじたじ。
それは傍から見ていて、とても微笑ましい光景だったが、
「まぁあたしももういい大人だ!
子供の失敗の一つや二つ、笑い飛ばしてやらァ!
焦げ跡上等! むしろ根性焼きみたいでかっこいいかもな!
どんとこい!」
「だから失敗なんてしないわよ! 日常的にやってるから!」
結局最後まで、この二人はどうにも噛み合わない。
雨脚が強い、とある朝のこと。
「……どうしたの? 朱雀井さん。ずぶ濡れで」
「ハァ、ハァ……ちょっとな!」
昇降口で、濡れ鼠となった朱雀井さんと鉢合わせた。
この雨の中を、傘も差さずに走ってきたようだ。
シャギーな短髪がぺったりとへばりつき、制服は雨を吸って、ぴったりと身体に張り付いている。
「風邪引くよ?」
「あっはっは! 一号は大げさだなぁ。
雨に濡れたくらいで風邪なんか引くかよー。
シャワー浴びて風邪引くやつなんて聞いたことないだろ?」
同じ濡れるのでもシャワーと雨とでは訳が違う。
まぁ、朱雀井さん、やたら身体が丈夫で風邪ひとつ引いたことないらしいから、本当にへっちゃらなのかもしれない。
が、それとは別に、目のやり場に困る今の状態は、一刻も早くどうにかするべきだ。
朱雀井さんは無頓着な様子だけど……呼吸を整えようと上下する胸には、薄い青の下着がはっきりと透けてしまっている。
「すぐ着替えなね?」
「そうしたいんだけど、今日体操着ないんだよな~?」
とか言いながら、ちらちらと意味深な目配せをしてくる朱雀井さん。
僕は頭を振った。
「生憎、僕も持ってないよ。今日は」
「ちぇっ」
「ていうか、あっても貸さないよ……」
「なんで!? マブダチなら体操着の貸し借りくらい――!」
そういう論法で来るだろうとは思ったけれど、さすがに男女で体操着を貸し借りするのには抵抗がある。心情的に。
そして僕があてにならないと知った朱雀井さんは、諦めの嘆息を一つ吐きつつ、ケロッと笑った。
「まぁいいや。
ちょっと気持ち悪いけど今日はこのままで過ごすよ。
あたし、一号以外に体操着借りれるようなダチいないし――」
「いるよ。貸してくれる人」
「へ?」
僕が即座に言い返すと、朱雀井さんは目をパチクリさせた。
☆ ☆ ☆
ゴウンゴウンと音を立てて回る、乾燥機付き洗濯機。
ジャージ姿の朱雀井さんは、その丸窓を覗きこみ、ぐるぐる回っている自分の制服に「おぉ~」と感嘆の声を上げた。
子供みたいな朱雀井さんの背中に、ミナちゃん先生が忍び笑いで声を掛ける。
「昼休みに取りにいらっしゃい。アイロンも掛けておいてあげるから」
「おぉ、何から何まで悪いな。サンキュー」
「ふふん。どういたしまして」
「……でも、無理しなくていいからな?
アイロンってお前、迂闊に触ると火傷したり、制服に焦げ跡とかつくやつだからな?
チビにはまだ早いぞ?
気持ちだけ受け取っとくよ」
「出~来~ま~す~!」
ぷりぷりと怒るミナちゃん先生。
朱雀井さんが困り顔で、僕に助けを求めてきたが、
「ミナちゃん先生はこういう時に無理するような人じゃないから、平気だよ」
僕はミナちゃん先生の肩を持った。
実際、そうだと思うし。
僕に支持されて得意げに胸を張るミナちゃん先生が、なんとも可愛らしい。
☆ ☆ ☆
第二保健室には(第一保健室もだけど)何かあった時のために、貸出用の衣類が一通り揃っている。
それを知っていた僕は、朱雀井さんを連れてきたというわけだ。
ミナちゃん先生はずぶ濡れの朱雀井さんをひと目見て、「あらあら大変。すぐにタオルと着替えを用意するわね」と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
基本、人に優しくされるのに弱い朱雀井さんは、その献身っぷりにたじたじ。
それは傍から見ていて、とても微笑ましい光景だったが、
「まぁあたしももういい大人だ!
子供の失敗の一つや二つ、笑い飛ばしてやらァ!
焦げ跡上等! むしろ根性焼きみたいでかっこいいかもな!
どんとこい!」
「だから失敗なんてしないわよ! 日常的にやってるから!」
結局最後まで、この二人はどうにも噛み合わない。