8話
文字数 2,029文字
「遊びに行ってきまーす♪」
同じような声が、同じようなタイミングで聞こえる。アースが顔を上げると、デラとドリが玄関を飛び出した後だった。
「夕飯までに帰って来るのよ!」というメイラの声を聞きながら、アースは首を傾げる。普段なら、双子はモレノとつるんだりスウィートにちょっかいを出したり、常に誰かの側にいるはずなのだ。
「あー、あいつらは時々、二人っきりで出かけるんだよ」
アースの隣で、モレノが欠伸をする。彼に目を向けるとその背後で、ミックが苛ついたように兄を睨んでいた。
「どこに行ったんだろうね?」
「さぁ。いくら聞いても、教えてくれねーんだよなー」
この近辺に到着したのは昨日だ。買い物を楽しめるような繁華街はなく、有名な観光地もない。このような田舎町で、二人は何をしているのだろうか。
思案を巡らせていると、モレノは突然「そうだ!」と声を上げた。
「なぁアース。あいつらの後を追って、何やってるか見に行こうぜ!」
アースはモレノに肩を抱かれ、思わず仰け反る。ミックの鬼のような形相が目に入り、慌てて彼女にも声をかけた。
「ミ、ミックも一緒にどう?」
「……えぇ。お兄ちゃんと二人きりだと、いろいろ心配だわ」
ミックは本に栞を挟み、横に置く。モレノは「決まりだな!」と叫び、拳を振り上げた。
「よーし。今日こそ双子の正体を暴いてやるぜー!」
はっきりとした雲がたくさん浮かぶ、穏やかな昼下がり。アースと兄妹は、寂れた公園で双子を見つけた。
彼らは楽しげに笑い合いながら、ブランコを乗り回している。三人は木陰に隠れ、様子を伺っていた。
「あいつら、あんなんでよく飽きねーよな?」
モレノの呟きに、アースとミックも頷く。この公園に遊具は少ない。塗装の剥げた小さなジャングルジムに、横に並んだ二つのブランコ、そして古びた滑り台。双子は、それらを延々と遊び倒していた。
「うん、僕より年上とは思えないよ」
「アースもミックもだいぶ大人びてるからなぁ。俺が十二歳だった頃も、あんな感じだったぜ?」
ミックはあからさまに大きな溜息をつく。アースは「今のモレノもあんな感じだと思う」と言いかけたが、さすがに口を慎んだ。
「……あっ。二人とも、見て」
アースとモレノは正面を向く。双子は同時にブランコから飛び降り、道路に向かって駆け出していた。
「うえっ、いつの間に? 追いかけようぜ!」
モレノは慌てて飛び出し、アースとミックも後を追う。三人の百メートル先からは、同じような笑い声が絶えず聞こえてきた。
アース達は双子を追跡し、疲弊しきっていた。というのも、公園を出た後は小さな商店街に立ち寄り、物凄いスピードでウィンドウショッピングらしき行動を取ったのである。
三人は追いかけるだけでも精一杯だったが、双子の足は止まらない。今度は遊歩道に突入し、徒競争を始めたのだ。
「わたし、もう、無理……」
「僕も……」
アースとミックは力尽き、遂に膝をつく。モレノも顔を真っ赤にさせながら、地面に身を投げ出した。
「っはー……あいつら、持久力はんぱねぇって」
双子の姿は、とっくに消えている。体力の尽きた今、再び追いかける気は起きなかった。
その時、アースはとんでもない事実に気づく。
「そ、そっか……二人はあのメイラさんの、子どもなんだっけ……」
「うわ、そうだった。すっかり忘れてたぜ……」
高さ二メートル以上の火の輪を潜り抜けたり、『変態』を蹴り飛ばしたり、人並み外れた力を発揮する最強の母親。その大部分は[潜在能力]による影響だが、彼女は元々が強い。息子であるデラとドリにも、遺伝しているに違いない。
よくよく考えてみれば、彼らに真っ向から挑んで勝てる訳がなかったのだ。
「今日のところはしかたねぇ。帰るか」
モレノは捨て台詞を吐き、よろよろと起き上がる。アースとミックも大きく頷き、重い腰を上げた。
双子がいったい何をしたかったのか。目撃出来ず悔しかったが、今はとりあえず早く帰って横になりたい。三人は来た道を振り返り、とぼとぼと帰路についた。
――
「おかえりー♪」
帰宅したアース達を出迎えたのは、他ならぬ双子だった。三人揃って呆然と口を開け、言葉を失う。双子は互いにハイタッチしながら笑い転げた。
「後をつけてきたんでしょ? ばればれだったよ!」
「だからわざとまいたんだよね。あー楽しかった!」
「僕たちに追いつこうだなんて、うん十年早いよ!」
自分達を散々振り回すことで、遊んでいたというのか。モレノは豆鉄砲を喰らった鳩のようにぷるぷると震え、ミックは兄を見るような冷ややかな目で二人を睨んでいた。
聞き出したいことは山ほどあるが、アースは諦めた。たとえうん十年経っても、彼らに勝てる気はしない。
「おっ、お前ら、二人っきりでいったい、何やってたんだ?」
モレノは必死に疑問をぶつける。しかし、双子はにんまりと、悪戯っぽく笑うのみだった。
「ふふふ、ないしょ♪」
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