5話
文字数 2,022文字
すっきりと晴れ渡る空。車体と支柱の間に張ったワイヤーには、洗濯物が所狭しとかけられている。爽やかな風が吹き、それらは気持ち良さそうに踊っていた。
洗濯の手伝いが終わり、アースは銀色のキャンピングカーに戻る。車内には何やら楽しげな話し声が響いていた。女子部屋のドアが開け放たれており、ナタルとミックがお喋りしているようだ。
「お兄ちゃんったら、この年までヒヨコがニワトリになるって知らなかったのよ。ほんとうにおバカさんよね」
「あははは、さすがにそれはないわ。さっすがモレノって感じ!」
笑い転げるナタルにつられ、ミックもくすくす笑う。アースはその様子に唖然とした。普段の彼女らはどちらかというと冷静な方であり、モレノや双子のように大騒ぎはしない。二人が人目を憚らずに大笑いする様は見たことがない。
更にミックは人見知りが激しく、[家族]に対しても基本無口なのだ。そのはずなのに、彼女は今も絶えず口を動かしている。アースは、何故かナタルに嫉妬してしまった。
「(二人とも仲良しなんだね。なんだかうらやましいな)」
その時、ミックがこちらに気づいた。彼女は口を閉じ、一気に赤面する。慌ててベッドから降りると入口まで駆け寄り、ドアを閉めた。
アースはしばらくその場で立ち尽くしていたが、我に返るとそのまま踵を返した。
「(やっぱり、邪魔はよくないよね。そっとしておこう)」
――――
部屋のドアが閉まる。振り返ったミックの顔は、相変わらず真っ赤だった。
「あれ、閉めちゃうの?」
ミックはナタルの真向かいのベッドに座る。そして「はぁ」と溜息をついてうなだれた。
「まさか、アースが聞いてるとは思わなかったわ」
ナタルは思わずにやける。ミックは、アースのことが好きなのだ。
自分が[家族]になる前から、ミックは彼に想いを寄せていた。アースの前ではすぐ照れる様子から、恐らく[家族]のほとんどが察しているだろう。残念ながら、当の本人は気づかないようだが。
「別にいいじゃない。アースも、ミックがいつもよりお喋りだから驚いて顔真っ赤だったもの」
「ナタル! もう……」
ミックは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い、ナタルは笑いが止まらなくなる。アースもまた、ミックのことが好きなようだが彼女は気づいていない。どちらも顔に出やすいタイプなのに、二人揃って鈍感なのだ。
「そ、そうだわ。ナタルはどうなの?」
「ん、どういう意味?」
「ナタルは好きな人いるの?」
突然の振りに、ナタルは「そうきたか」と唸る。聞かれて困ることではないが、確かに照れ臭い。
「うーん、今のところいないかな」
「意外だわ。ラウロさんじゃないのね」
「あはは、あいつは無い無い。最初っから女友達みたいなものだし」
すると、隣の男子部屋からラウロの盛大なくしゃみが聞こえた。一拍遅れて、二人は笑い出す。
「あ。でもね、昔は好きな人がいたのよ」
笑いが治まった頃、ナタルは思い出したようにつけ加えた。ミックは『昔』という単語に、目を見開いた。
「もしかして……フィードさん?」
ナタルは照れながら頷いた。この秘めた想いは、誰にも打ち明けたことはない。最愛の母や良き相談相手、そしてラウロでさえ、自分の初恋は知らないのだ。
「あの人はね、私が物心つく前から先生になってくれたの。無口で無愛想で堅物だからパッと見近寄りがたいんだけどね、実は優しいところがあったのよ」
ミックは「信じられない!」と驚く。仏頂面の『蛇』が脳裏に浮かび、ナタルは吹き出した。
「顔だけ見ればわりとイケメンだし、私と母さん相手には丁寧な口調だったから、仕方なかったかもね。まぁ実際会社の女の人にもモテてたらしいから……」
「告白はしたの?」
ナタルは首を真横に振る。告白を決意する以前に、この恋は終わっていた。フィードには元々、『人の心』がなかったのだ。
「ミックと同じ年頃の時に気づいたの。あの人は『恋愛』ってそもそも何なのか分からないんだ、って」
ミックは悲しげに俯く。ナタルは立ち上がり、彼女の真横に座った。
「今はもう、すっかり吹っ切れてるから大丈夫! シャープとフラットもついてるし、ミック達[家族]との時間が楽しいもの。だから、別に今すぐ恋しなくてもいいかな」
ふわふわの栗色の髪を撫でながら抱き寄せる。ミックはようやく、笑ってくれた。
「それに……フィードはもう、ラウロに夢中だもんね」
二人は再度、声に出して大笑いした。
『ぶえーーーーっくしょいッ!』
『ラウロさん、さっきから大丈夫すか!』
先程を上回る大きさのくしゃみが、壁の向こうから聞こえた。風邪を心配するモレノの声も聞こえる中、二人は笑いを必死で堪える。ナタルはミックの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。
「今の話、ラウロには絶対内緒よ?」
Talk about her love, my first love
(私と彼女の恋愛事情)
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