18話―3
文字数 3,862文字
一般市民の少女、看護師の女性、学者の女性。彼女らは道中行き会ったのか、揃って訪問した。当然ながら大掃除の真っ最中であり、見かねた彼女らも手を貸してくれた。
そして大部分が片づいた頃、更に二名増えた。馬に乗って現れた、ミルド地方軍の若き将校。彼の後ろには孤児らしき身なりの青年が乗っており、二人はこの地に向かう途中偶然出会ったという。
身分も年代もばらばらだが、彼らは皆何らかの『動物』を自称している。大掃除が終わったのは深夜近く。片づいたばかりの書斎にて、ようやく顔合わせが始まった。
「さて。ミルド地方の様々な場所から集まってくれた訳だけど、お互いに初対面だ。とりあえず、簡単に自己紹介をしてほしい」
「では、私から」
ミルドの呼びかけに手を上げたのは、橙色の髪をきっちりと後ろに撫でつけた男性。最後に現れた将校だ。
「ミルド地方軍中央部所属、ビリー・カフス・セントリアだ。階級は少佐。首都の防衛軍を率いている。体を液体にする[贈与能力]と『
同じ軍人であるセシレール、グラビス、ロミエルは真剣に聞いている。それもそのはず、ビリーは彼らより遥かに上の立場であり、こうして直接会話することなどないはずだ。
しかし軍隊の事情など知らない数名は、独特な緊張感を気にする素振りはない。「んじゃ、次は俺ね」と発言したのは、ライムグリーンの髪を無造作に括った青年だった。
「俺は『
確かに彼は今にも倒れそうなほど痩せているが、その体には傷の痕跡はない。きっと治癒力に優れた[贈与能力]の持ち主なのだろう。
「あたしはレナ・パレット! 『
「うっそ、あなた小学生じゃなかったの?」
「違うわよー! こう見えても、もうすぐ二十歳になるんだから!」
顔を真っ赤にしながら憤慨する、レモン色のツインテールの少女。身長が低く、皆から幼児だと思われていたらしい。
「気を取り直して……私は『猫』のサーシャ・ホワイト。東部の戦線近くで看護師をしているわ。軽い傷程度なら能力で治せるから、応急処置は任せてちょうだいね」
看護師らしからぬ重装備を身につけた、茶髪の女性。その佇まいは落ち着き払っており、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者に違いない。
彼女が話し終わったタイミングで、ターコイズの髪の女性が手を上げる。病気の影響で失明したらしく、目の辺りには布が何重にも巻かれているが、どうやら見えているらしい。
「ミルド地方南部から来ました、『
「あら、南部出身だったの。あそこは確か
「地方全域から学生が集まりますからね。クィン地方とカルク地方の言語も、日常会話程度なら話せますよ」
ムーゼはにこりと微笑み、サーシャの質問に答える。人間の元々の言語はポーン地方のものだが、ミルド地方に下った後に変化した。ミルド地方内でも北部と南部で言語は異なり、各地方でも更に数種類の言語が存在する。
言葉の壁があるため、地域や地方を越えた意思疎通は難しい。彼女のような複数の言語を扱える者は、大変貴重な存在である。
サーシャは、興味深そうに聞き入っていたセシレールに話を振る。彼は我に返り、慌てて席を立った。
「えっと、ミルド地方軍北部第三防衛隊所属、セシレール・ブレッズです! 階級は戦闘兵、[贈与能力]で早く走れるので、最前線での戦闘と伝令を担当しています。あと『犬』の力のせいか、最近嗅覚が良くなりました。敵兵の追跡もお任せください!」
「同じく参謀兵、ロミエル・パールです。『神』の啓示を受けた彼の護衛として参上しました。[贈与能力]は目が合った相手の未来を見ること。皆様の活動を支援出来るよう頑張ります」
「防衛隊指導教官、グラビス・モリソンです。階級は軍曹、[贈与能力]は土壌の隆起。この二名の引率役ではありますが、前線での戦闘も可能です」
ここまでずっと仏頂面だったビリーは突然「そうか」と呟き、セシレールを見た。
「君が『戦場の猟犬』だな? 噂は聞いている。今後も期待しているぞ」
「ぁ、ありがとうございますっ!」
他部隊の将校に褒められ嬉しそうなセシレールを横目に、彼はグラビスとロミエルにも声をかけた。
「そこの二人は『鬼教官』と『未来を見通す巫女』だろう? 君達の力も心強い。精一杯励んでくれ」
勢い良く敬礼するグラビスの横で、ロミエルは何やらうろたえている。『巫女』という単語が気に入らないのだろうか。
「あれっ。ねぇミルド、何やってるの?」
レナの指摘で、ミルドに注目が集まる。「気づかれちゃったね」とペンを置き、ミルドはノートの中身を皆に見せた。
「皆の能力をメモしていたんだ。[贈与能力]の一覧を作っている最中で……いや、続きは後にしよう。そろそろ本題に入らせてもらうよ」
ミルドは咳払いをし、ずれた眼鏡をかけ直す。和やかな雰囲気は一気に張りつめた。
「君達は『神』、バーナリアから何らかの動物の力を与えられたね? それは恐らく[獣の記憶]。元々の生命を更に強化する特別な力なんだ。この戦を終わらせるために、君達は[獣]に選ばれたんだと思う。でも、もし止められなかったら……世界は終わるかもしれない」
全員が固唾を飲む。ミルドはノートを一枚捲り、走り書きのメモを皆に見せた。彼らが歓談している間に書き留めた、各地の[守護神]から届いた情報。手書きの世界地図に[獣]の名称を記したものだ。
「先程他の[守護神]からも連絡があって、それぞれの地方に六名ずつ集結したらしい。一般市民や軍人、様々な立場の人が……」
「待て。ミルド、我々の素性まで明かしてはいないだろうな? 各地に軍の関係者がいるとすれば情報が悪用され、戦況が危うくなるぞ」
ビリーは話を遮り、険しい目でミルドを睨む。
「名前や職業までは伝えていないよ。それに、私達[守護神]の目的は戦に勝利することじゃない。これ以上犠牲を出さないよう、早急に鎮めることなんだ」
「えっ、そ、そうだったんですか⁉」
セシレールは素っ頓狂な声を上げ、他の者も皆困惑している。彼らはどうやら、『神』が勅命を出した理由を履き違えているようだ。
ビリーは呆れたように息を吐き、ノート上のミルド地方を指差した。
「犠牲を増やさないことは確かに大事だが、ミルド地方軍の目的は領土の拡大、そして民の安全を確保することだ。他地方からの侵略の恐れがある限り、我らは勝利せねば……」
「戦を止めなければ、『神』は世界を壊すつもりなんだ」
思わず声に力が入り、ビリーは口をつぐむ。
人間による戦が始まったのは二千年近く前のこと。地方を越える大規模の戦が起こったのは約千年前であり、その頃から『神』は、[守護神]に『このまま収束しなければ世界を創り直す』と警告していたのだ。
すると、ムーゼが「よろしいですか」と片手を上げた。
「この情報は、軍の上層部や各地の[獣]達と共有してはいかがでしょう。領土問題も重要ですが、『神』の懸念がある以上、一旦停戦して協議の場を設けるべきだと思います」
「そうだな、この際止むを得ない。軍には私から……」
「いえ、今回はミルドにお願いしましょう。[守護神]からの通達となれば、却下される恐れはありません。ミルド、他の[守護神]にもご連絡お願いします」
ミルドはすぐさま了承し、各地の[守護神]に向けて念を飛ばす。彼らのやり取りについて行けないカントは、むず痒い様子で不安を漏らした。
「な、なぁ皆。結局、俺達は何すればいいんだよ?」
「そうねぇ……戦闘に巻きこまれた人を助けるとか、地道なことをやっていけばいいんじゃない?」
「それだったら、あたしにも出来そう!」
サーシャの提案にレナが賛同する。盛り上がる三人を見て、グラビスは豪快に笑った。
「よっしゃ! じゃあ俺は、お前らが戦場で生き残れるように訓練つけてやる!」
「安心しなよ、この方は何百人もの兵士を鍛え上げてきたベテランだからね。僕も裏方面からサポートするよ」
「うーん、厳しいのは勘弁だけど。頼むぜ鬼教官、巫女のねーちゃん!」
カントにも巫女呼ばわりされ、ロミエルは遂に「僕は男だ!」と激昂する。彼と初対面の[獣]達は皆一斉に驚愕し、ビリーでさえ眉根をぴくりと上げていた。
ミルドは和気あいあいと談笑する一同を見て、顔がほころぶ。するとセシレールが彼の前に再度跪き、曇りのない瞳で見上げてきた。
「全員で力を合わせて、必ず、この戦を止めてみせます。ミルド、これからよろしくお願いします!」
彼の深い紫紺の色は、この居住地の眼前に広がる静かな湖のよう。ここに集った頼もしい仲間となら、今度こそ、戦乱を止められるかもしれない。
ミルドはセシレールに立つよう促し、彼と固く握手を交わす。僅かな希望が見えてきたが、「皆が皆協力的ならいいが」というビリーの呟きが、いつまでも耳に残っていた。
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