6話―2
文字数 2,036文字
「奥様とお嬢様が行方不明なのは認めよう。だが、お二人はボスの大切なご家族だ。処分するなど断じて有り得ない」
意味ありげに頷きながら、ファインディは見透かしたような目で、うっすら笑った。フィードは腕時計をちらりと見る。期限の十分は、とうに超えていた。
「十分が過ぎた。そろそろ戻らせてもらう」
「うーん、まぁいいか。ご協力感謝するぜ、社長代理様」
フィードは車外に出る。ドアを閉めようとした瞬間、ファインディはわざとらしく「そういえば」とつけ加えた。彼は運転席から身を乗り出し、笑いなどかけらもない笑みを浮かべた。
「言い忘れてたけどよ、恋人にはもうちょっと優しくしてあげた方がいいぜ」
「どういうことだ?」
フィードはぴくりと眉を動かす。ファインディは、ぞっとするような妖しい顔で「むふふ」と笑った。
「人間は誰だって、甘やかされるのが好みなんだよ。痛めつけないで、俺みたいに柔らかーく触れてあげれば……きっと、ラウロも喜ぶと思うぜ」
憎悪と殺意が噴き上がる。フィードは混濁した感情を押し殺し、ドアを乱暴に閉めた。
乗用車はそのままエンジンを震わせ、ゆっくりと駐車場を後にする。その姿を睨みながら、フィードは怒りに耐え続けた。
車が去って数分後、ようやく懐から携帯電話を取り出す。最も信頼する部下の名前を探し、電話を繋いだ。
『お疲れ様です、社長代理。先程返信いただいた資料、確認致しました』
落ち着いた口調に平静を取り戻し、フィードは複数の事務連絡をまとめて行う。報告が一段落ついたところで、声色を変えた。
「チェスカ、頼みたいことがある」
部下も察したのか、声量をぐっと抑えて『はい、チーフ』と答えた。
「[世界政府]のヒビロ・ファインディという男は知っているな?」
『えぇ。私も何度かお会いしました』
「あの男の身辺を調べてほしい。詳細は今度会う時に話す」
一瞬の間を置き、『承知しました』と返される。フィードは通話を終えると、足早に建物へ向かった。
あの得体の知れない男との会話が脳裏に反響する。彼は恐らく、ナターシャと会っている。にも関わらず、何故『二人は亡くなっている』などと言ったのか。それだけではない。ファインディはラウロについても言及したのだ。しかも、一夜を共にしたかのような口ぶりで。
フィードは立ち止まり、心の底から溢れ出る嫉妬に震えた。あの男のアドバイスは決して出鱈目ではなく、的中していたのだ。
再び足を進める。フィードは「ふん」と吐き捨てるように鼻を鳴らした。ファインディの存在は脅威だが、[オリヂナル]は既に、この手に落ちたも同然だ。
居場所が分かった以上、捕らえるのは容易いこと。今は思う存分油断するがいい。心の中でそう呟き、フィードは営業所内に消えた。
――――
携帯電話の着信音が鳴り響く。ヒビロは運転しながらワイヤレスイヤホンを操作し、電話を繋いだ。
「おー、シドナか。進捗はどうだ?」
『お疲れ様です。今日の聞きこみは順調に終わりました。簡単に報告しますね』
シドナが報告する間、ヒビロは運転に集中しながら耳を傾ける。そして報告が一段落ついたところで、口を開いた。
「俺からも報告だ。例の『社長代理様』に会ってきたぜ」
取り調べの成果をざっと報告する。シドナはフィードの反応を聞き、『なるほど』と感嘆した。
『ということは……社長代理はシーラさん殺害の件は何も知らない、と見て間違いなさそうですね?』
「たぶんな。それともうひとつ。俺と[オリヂナル]の関係は、恐らくばれたはずだ」
電話の向こうで、シドナが息を飲む。文句を吐かれる前に、ヒビロは弁解する。
「俺がラウロを助けた時点で、あいつらとの接点が出来ちまった訳さ。それに遅かれ早かれ、奴は俺のことを調べるだろうし、こればっかりは仕方ねーよ」
『で、ですが、聞きこみにはやはり不利です。こちらを警戒して、もう何も聞き出せないのでは?』
別れ際に見た、『恋敵』を睨むような形相を思い出す。ヒビロは笑いを堪えきれず「ぶふっ」と吹き出し、ハンドルを握り直した。
「大丈夫さ。奴はたぶん、あいつらの目的地が分かってる。経歴を調べりゃあ、検討しやすいだろうよ」
『尚更危険じゃないですか!』
耳元で叫ばれ、ヒビロは思わず顔をしかめる。前方の車に追突しそうになり、慌ててブレーキを踏んだ。
「このまま放っておくと確かに危ないな。だが、奴らが動く前に現地に向かえば、充分間に合うはずだ」
『張りこみですね? [家族]の皆さんにも、注意喚起した方がよろしいでしょうか?』
「いいや。用心深いナタルがいるんだ、心配ねーよ」
ヒビロは「それに」とつけ加え、ニヤリと笑った。
「あの野郎は[オリヂナル]を泳がせておくつもりだ。だから俺達も奴を油断させといて……手を出した瞬間に、とっちめるのさ」
Targeted snake aims for the circus
(狙う『蛇』、狙われた『蛇』)
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