【拾ノ肆】

文字数 1,299文字

 大祇村は、姉妹が訪れた時には、無人の廃村になっていた。姉妹は考える。どうやって「家族」を増やそうかと。
 だがそう時間が経たずに、意外な方法で「殖やす」ことに成功する。追ってきた政府軍や狩人達を返り討ちにするだけなのだ。一度でも噛みつけばそのモノはおおかみになる。おおかみにさえしてしまえば、こちらの都合のいいように動いてくれる。気がついた頃には村がひとつ出来ていた。
 村に子供も生まれた。たくさん生まれた。
 妹は、教師として村で居場所を見つけた。元々、遊郭にいた時から、小柄で明るく、愛嬌のある見た目だった。おおかみとなる子供たちに、明るい未来をあたえる、満月そのものだった。
 姉は、火傷のこともあり誰にも姿を見せなかった。あの狼の洞窟の真上に立派な西洋風の屋敷を造らせ、普段はそこに身を隠し、人目から逃れた。そして夜な夜な村に迷い込んだニンゲンをおおかみに変えたり、餌にしてみなに振舞ったりしていた。
 明るく、日向を歩く妹。暗く、人目をはばかって生きる姉。

(満月と、新月のようね……)

 姉は独りごちた。

 ……

 十三年がたった頃。困った事態が起きた。ある満月の夜。村人たちが一斉におおかみになったまま、暴れ始め、戻らない。妹がなだめるが、手に負えない。
 途方に暮れたその時、迷い込んだヒトがいた。姉はそのヒトを瞬間的に殺すが、殺してから新月のモノだと気づく。誰にも見られずに処分したはずなのだが、おおかみたちがその亡骸のにおいに反応して一斉に食べ始めた。そして、食べ終わったモノから、ヒトに戻っていった。

(……これだ)

 姉は確信する。これが私の存在意義だと。

 神社を作らせた。あの洞窟の中に本殿を造り、祭壇奥の階段と自分の屋敷を繋いだ。そして夜な夜な本殿から村の外へ出た。そして十二年に一度、祭りと称して新月のモノの肉を振舞った。村の外からも消えてもいいヒト──罪人や底辺のヒトたち──をさらって集めて村人へ食べさせた。
 ヒトをひとり宮司をさせた。宮司までおおかみになってしまっては困るからだ。村人も、全員をおおかみにはしなかった。彼らには村の維持存続のための活動や、新月のモノ探索のため村の外へ派遣した。新月が見つかれば姉が出向き、拉致監禁の上、祭りの供物にした。
 だが、明治政府の人外の駆逐は進んでいた。新月のモノの国内での捜索は月日が経つ事に困難になっていった。

 ……

 十六年前。隣国にてようやく新月のモノを見つけたとの報告に愁眉を開いた。そして姉はその写真を見て、ひと目で心を奪われる。

(こんなに、こんなに綺麗な女の子が、新月のモノ?)

 七百年近く生きているという新月のモノ。それも自分たちと同じ、始祖だと言う。自分より長く生きてきたモノに出会うのは初めてだ。その日から姉は、その新月に尋常ならざる執着をした。
 おおかみ何人かを引き連れて、海を渡った。飛行機を降り、空港を出て、クルマで何時間も走らせた。そして見つける。大国ロシアの奥地。辺境の村の、古い教会に住んでいた。雪に覆われたその建物のドアをノックした。

「ベルベッチカ・リリヰさんかしら?」

 ドアを開けた少女はこくりとうなずいた。
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