【壱ノ参】

文字数 1,945文字

 大祇神社は、ゆうの家と反対だ。学校から丁字路を右に曲がって、十五分は歩く。空は梅雨の晴れ間からお日様が覗いていて、とても蒸し暑い。時々ハンカチでふかないと汗がぽたりと滴る。それでも、クラスメイトとだべりながら、クルマもほとんど通らない道路に広がって歩くのは楽しかった。午前中雨だったから、片側一車線の歩道のないありふれた道路は濡れていて、所々水たまりが出来ている。道路の両脇は田んぼになっていて、けろけろとカエルが鳴いている。用水路には水が勢いよく流れていて、ちょっとだけすずしい気持ちになる。田んぼには電柱がカカシ代わりに立っていて、空に黒い線を引く。その田んぼが終わると、神社の森に入る。スギの森だけど、家の周りとは比べ物にならないくらいみきが太い。その先の道は道幅が狭くなって、きつい上り坂がくねくねと山を登っている。
 翔や蒼太や航は、息も切らさずにその坂を登る。沙羅とみかはふうふう言ってる。僕も同じように息が上がった。……こんな自分が、嫌だった。
 上りが終わってもうしばらく行くと、道の脇に階段が右側に見えてくる。下りの階段で、転がり落ちそうな長さでゆうに百段はある。石で出来たその階段は、所々石が緑色になっていて滑りやすい。赤く塗られた手すりをつかみながら、みんなでその階段を下りる。
 翔と蒼太は、イカのゲームの話をしている。航も、時々混じった。沙羅とみかは何かこそこそ話しては、くすくすしている。

「ふふふ……逸瑠辺(へるべ)さんってさ……だよね……あはは」
(ふつうの女の子って、なんでいつもくすくすしてるんだろ)

 へんなの……ゆうは素直に疑問だった。
 階段を下り切ると渓谷になっていて、正面には川、左には血のように真っ赤な鳥居と、大きく口を開けた洞窟が見えてくる。
 まるで狼が口を開けているかのような……大祇神社だ。
 鳥居の手前には同じ赤い色の木造の社務所があって、沙羅のおじいちゃんが宮司さんをやっている。鳥居をくぐるとすぐに洞窟で、洞窟の中にも不気味な血の色の本殿が塞いでいて、普段は中に入れないし中も見えない。そんなに古くは無さそうだし、洞窟も入り口は広くて明るいんだけど、普段からやたらと怖い。洞窟の左右に立つ狼の石像が、どの方向から見てもこっちを見ているように見えるからだろうか。

「……よーし、じゃあレッツゴーだな!」

 みんなが集まったのを確認した翔が先陣を切って、神社の脇の山道に入った。その山道は、足を取られやすくて歩きにくい。木の根が触手みたいに足元に伸びていてでこぼこだし、ひざより高い下生えが、こしょこしょと足をくすぐる。でも、大祇小学校のみんなは、そんなの気にしない。たんけんのたび、五箇所は蚊に刺されるし、雨の中でも強行されるけど、へっちゃらだ。この道は洞窟を迂回しながら登るようになっていて、道なりに三十分ほど登った先に、「お屋敷」がある。
 お屋敷。青いとがった屋根に、白い手すりのバルコニー。窓は割れてないけど、全体が埃まみれで、ツタがはびこっている。こどもたちはみんなこの建物を「お屋敷」と呼んでいる。
 なんでも、明治時代に建てられたと沙羅のおじいちゃんに聞いた。古い古い、この大祇村にはまったく似合わない、西洋風の洋館。屋敷に住むという女主人は明治時代から、つい十六年前まで生きていたと伝え聞く。今も夜になると、おばあさんの叫び声が聞こえるなんてウワサまである。あゆみ先生には、ぜったいに行くなとなぜか言われているけど、そんなのたんけん隊員の僕らには関係ない。みんなで鎖に閉ざされた門をよじ登って、玄関前に入った。
 そういえば……さっきの翔の言葉で思い出した。あの子がここに住んでることを。
 と、その時。

「あ! よっしゃあ! もーうけっ!」

 翔がお屋敷のエントランス前まで走って、拾った百円玉をみんなの前で高く見せびらかした。
 あれ。誰も居ないはずのお屋敷のこんな所に、お金が落ちてたことなんて一度もない。だいたい、おとながここに来てるのを見たこともない。

「あー、ずりいぞ」
「いいなー、あたしも欲しい!」
「へへーん、帰りにひんやりしよっと。……ゆう、おごってやるよ!」

 そう言って、アイスを二本と交換できる夢のコインをポケットにしまった。
 ……そのお金は、きらきらしていた。
 それはまるでさっきまで……ここに誰かがいたみたいに。
 がさがさっ。
 がさがさっ。はっはっ。
 ナニカが全力で近づく音と息の音がして。
 突如、真っ黒なナニカが、翔の目の前に飛び出してきた。
 ゆうは()()と目が合った。

「きゃああっ」

 沙羅とみかが絹を裂くような悲鳴をあげた。

「やばい、おおかみだっ」

 クラスで一番頭のいい航が叫ぶ。
 ゆうは、初めて見る()()に、足がすくんで動けなかった。
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