【捌ノ参】

文字数 1,051文字

「ゆうちゃん! ……悪い夢、見たの?」
「……なんでもない」
「沙羅、よしなさい。さっきまで死にかけていたんだ」

 身体を起こしてお腹をさわる。……なんにもなってない。さっき身体を引きちぎられたかと思うくらいの打撃を受けた場所は、アザすら残っていない。

(……見えなかった……)

 打撃の直前、始祖は右手でゆうのおっぱいをつかんでいた。そしてゆうのお腹を殴ったのも、右手。一旦離して、そして殴ったのだ。新月の目をもってしても知覚できない速度で。

「待て待て、どこへ行く」

 立ち上がって部屋を出ようとするゆうに、おじいちゃんが呼び止める。

「学校。あゆみ先生がオリジンか、確認しに行く」
「今、夜の十時だよ。ここにいよ? ……学校は危ないよう」

 沙羅に時間を教えて貰って、ゆうはやっと時間を把握した。
 か細い声。心の底からの心配。ゆうにも伝わる。あなたが好きです、と。
 はあ、ため息をつくと、きびすを返して沙羅の横にどかっと座った。

「沙羅もベルも、みんな心配性なんだ。……僕は、男の子なのに」
「勇敢なのと向う見ずとは、違うよ」

 おじいちゃんがさとす。

「今の君は、ただムキになってるだけだ。始祖に負けたからな。ベルベッチカも最初から止めておったのだろう? そして、そのとおりになった。周りの意見に耳を貸さなくなったら、今度こそ命を落とすだろう。そうなったら、さらわれたお母さんは誰が救う? ベルベッチカの再生はどうする? ここに居る沙羅や君のお父さんは、なんて思う? ……もう少し大人にならなくては、な」

 そう言うと、ぽんと頭に手を置いて、もう寝なさいと言って部屋を出た。出る前に、お父さんに何か伝えていた。

「なんて、言われたの?」
「……お前が無くした拳銃についてだ。害獣駆除のツテをあたって、持っている人が居ないか当たってみるそうだ……危ない真似は、もうするな。……こう見えて、お父さんも心配しているんだ」

 メガネをくいっとして、お父さんもゆうをいさめると部屋を後にした。
 沙羅と二人きりになった。小さな声で、ゆうの名前を呼んだ。

「……なに?」

 でも、ううん、と首を振るだけ。あれえ、ゆうは思う。こんなにしおらしい子だったっけ。

「ねえ、沙羅」
「ん? ──ん!」

 返事をするのと同時に、キスをした。三秒して、唇をはなした。沙羅は目をうるうるさせてゆうを見つめている。

「君が好きだ、沙羅」
「……うん、あたしも」

 ゆうが好きなのはベルのはずなのに。それは変わらないのだけれど。ゆうの中で、自分でもわからない何かが芽生えていた。
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