【玖ノ肆】

文字数 1,106文字

「でもほんと、ベルベッチカちゃん、綺麗だよね」

 脱衣所を出て、沙羅は興奮気味に憧れの女の子に素直な気持ちを口にする。

「そうかい。あまり言われないから、実感が湧かないな」

 そんなことはぜったいにない。沙羅はベルベッチカに伝えながら。

「ゆうちゃんにそっくり! もしかして、生き別れた双子のお姉さん、とかだったりして!」

 あはは、と冗談交じりに言ってみたら。

「母親、だよ」

 へ? ははおや。今そう聞こえたような気がした。

「私はゆうくんの、母親だ。十一年前、貨車の上で出産した」

 沙羅は自分の開いた口がうまく閉じないのを感じる。

「私は七百八歳だからね。十一歳の沙羅ちゃんとは、違うんだよ」
「……えええええっ!」

 沙羅は思考が追いつかない。転校してきたクラスメイトが、大好きな子のお母さんで。その子が自分と同い年の子を産んでて。その赤ちゃんが女の子だけど、中身は男の子で。今はその赤ちゃんと()()()()()()しまっている。……考えるだけで頭がパンクしそうになる。

「はは。ややこしいよね。ごめんね」

 沙羅と同じように笑うその姿を見ていると、七百年も生きていたなんて、とても思えない。ふつうの、綺麗な女の子だ。幼稚園の頃、ずっとずっと欲しくてお母さんにねだっていた、「リサちゃん人形」に似ている。
 こんなこと、前にも考えたことなかったっけ。沙羅は頭をひねった。

 ……

「リサちゃんにんぎょうのこがいる!」

 村にひとつしかない幼稚園の入園式。三歳の沙羅は金髪がとても綺麗な女の子にかけよった。まだ集団行動の取れない歳の頃。興味が引かれたら、そっちにつられて行ってしまう。なれない幼稚園の体育館。小学生になってから行ったことがあるけれど、本当に小さな体育館だった。でも、三歳の沙羅にはとても広く感じた。その体育館に、ちっちゃな椅子がきれいに並んでいて、どぎまぎした三歳のこどもたちがちょこんと座っている。
 樫田沙羅はそう叫んで、お人形さんのそばに駆け寄った。公園で何回か見たことがある。でもお砂場でも滑り台でも、その子はお母さんと見てるだけ。あんまり綺麗だから、勝手に「リサちゃん人形の子」と呼んでいた。その憧れの子が、何人か前に座った。沙羅は、リサちゃん人形の子の所まで走って、そのかみのけをさわった。

「かみのけきれー!」

 リサちゃん人形の子は、かみのけをさわられるをいやがった。でも沙羅をみる瞳をみて、もっと夢中になった。あおい、おそらの色をしていたから、思わずきれいとさけんだ。

「やだ! ぼくはおとこのこだよう」

 え? こんなきれいなおとこのこは沙羅はみたことない。
 このしゅんかん。沙羅のちっちゃな心臓に、あついあついひがついた。
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