【拾ノ弐】

文字数 1,111文字

 その()()は、狼に産み落とされた。
 母様の乳を飲み、父様が捕ってきたシカやイノシシの肉を食べた。東北の冬はとても寒かったけれど、母様の毛皮はとても暖かくて、父様はとても凛々しかった。ヒトの姿をしていたけれど、母様も父様も、他のきょうだいと変わらず愛してくれた。渓流に面した大きな洞窟を巣穴にしていた狼の家族。寒いけれど、暖かい日々。姉妹は愛に包まれて育った。
 姉妹が四歳になったころ。他のきょうだいと一緒に狩りに出ていた。シカを追っていた。大物でとても美味しそうで、だから気がついたら深追いしていた。いつの間にか母様が絶対に近寄ってはならないと言っていた、ヒトの里に近づき過ぎていた。
 妹が崖から落ちて気を失った。きょうだいは母様を呼ぶため遠吠えをした。
 しっ! と姉は制したが、遅かった。
 だーん、と聞いた事のない雷のような音がして、きょうだいは血を吹いて倒れた。

「でーじょぶかい」

 ヒトの男はまだ煙を吹いている筒を持って、姉に近づいた。そして、姉が()()()()()()()とても美しい見た目をしている事に気がつくと、崖下に落ちた妹と一緒に男の家に連れていった。
 綺麗なおべべを着せられた姉妹だったが、ヒトの言葉は話せない。男は自分の娘にしようと始めは考えていたが、その年は気候が特に厳しかった。夏は秋の様に肌寒く、薄い雲が太陽を隠した。夏のほんの少しの畑の実りは、秋早くからの雪に押しつぶされた。里の民は飢えて死ぬ者が増えていた。
 こんな年は、地獄の餓鬼のような人買いが増える。男も日銭欲しさに姉妹を売ることにした。人買いは姉妹を見るなり、目の色を変えた。江戸は吉原の遊郭にすら通用すると考え、畑一年分以上の金を支払った。
 そうして、言葉も話せぬ姉妹は、江戸に連れていかれた。

 江戸に着き、吉原に入った初日。
 楼主の妻である花車は、二人を見るなり目を見開いた。子猫のような幼さ、ヒトあらざるほどの美貌、そして魔性の性的魅力。口が利けるようになれば遊郭の稼ぎ頭になれると考え、言葉のいろはから遊女としての基本的なマナーまで、全てを叩き込んだ。
 姉妹は、教えられた全てを吸収し、一年で最高の遊女となった。

 ……

 吉原の遊郭に、人外の美貌をもつ双子がいる、と江戸の世に聞こえるまで、そこまで時間はかからなかった。一夜を共にする為の金額もうなぎ登りで、半年もしないうちに大名がこぞって逢いに行くほどになった。連日連夜男の相手をし続けなければならない地獄であったが、姉妹は二人で決めていた。

「……いつか、いつかあの山に帰ろうね」
「ええ、姉様。いつか、いつかきっと……」

 痛む下腹部を押さえながら、父様と母様を想い二人は誓い合うのであった。
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