【拾壱ノ壱】

文字数 1,127文字

 ベルベッチカだったチリは、吹き消されて消滅した。

 三十二歳。スレンダーで、黒髪のポニーテールに白のTシャツ、細身のジーパンが良く似合う。左目の火傷のあとは、遊郭に火を放った時のものだ。おかげで百年以上屋敷にこもることになった。
「姉」は……いや、相原静は深いため息をついた。

(やはり、私の望みなど、叶うことは無いのね。……永久に)

 恐れていたことが現実になり、その事に深く絶望した。
 それならばやることはひとつ。ぴきぴきぴきぴき……右手を、日本刀ですら切断する爪に変形させる。そして、催眠をかけられ虚ろな目をする沙羅の首筋に当てた。

「ごめんね、沙羅ちゃん。大好きだったのよ」

 爪がくい込み、白い肌に一筋、赤い線が引かれる。

「あっちでも、ゆうちゃんと、仲良くね」

 あとは、この爪を十五センチ横に引くだけ。それで噴水みたいに血を吹いて、この子は死ぬ。
 それだけ。それだけなのに。

(なぜ。なぜ、出来ない? ……私はオリジン。おおかみたちを束ねる最強の始祖。私に成し遂げられないことなど、ないはず)

 静は、逡巡していた。

 数瞬後、夕暮れの教室の中で風が吹き始めた。窓を見る……きちんと閉まっている。
 と、いうことは。静は、すぐにピンと来た。
 ごおおおっ! 風はたちまち黒い竜巻になり、教室の壁に貼られた習字の紙がちぎれ飛ぶ。
 静は、右手の衝撃波で、ベルベッチカの身体を原子レベルで消し飛ばした。文字通りチリに還したのだ。だがそれが今、チリから()()()()()()()が始まっている。そんな芸当が出来るのは、たった一人しかいない。
 ベルベッチカの力を得た、静の息子、ただ一人である。
 ごおおおおおおお──!
 竜巻はやがてひとりのヒトの形を得て、ゆっくりと立ち上がる。

「そうよ……そうよゆうちゃん! それでこそ私が育てあげた、破壊と破滅のこどもだわっ!」

 数万ボルトの稲妻のような、腰まであるブロンドヘア。深海を見てきたかのような、深い青い色の瞳。ベルベッチカがいつも着ていた、水色のリボンの白いワンピース。
 その姿は、新たに生まれ変わったベルベッチカ・リリヰそのもの。
 相原ゆうはベルベッチカの全てを受け継いで、チリから再生し、そして復活した。

「お母さん。今戻ったよ」
「うふふ。おかえり、ゆうちゃん」

 静はまるで学校から帰ってきたこどもに声をかけるかのように、ごく穏やかに、ごく自然に声をかける。だが内心は、喜びに溢れていた。

(これから。これから私の願いは、叶うのね)

「お母さん。いや、お姉さんのオリジン。倒すよ。あなたを」
「いいわ。それでいいのよ。……さあ。さあ!」

 静は両手を広げて叫んだ。

「最後の戦いよ。倒してみなさい。お母さんを」

 とても、とても嬉しそうに、笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み