【捌ノ肆】
文字数 1,150文字
クラスで唯一のメガネ少女でカチューシャで忘れ物クイーンの、岩崎みかは考える。
ひと月くらい前……何か、大切なことを相原ちゃんに伝えようとしていたのだ。九月なのにとてもとても暑い日で。大祇神社の境内で。相原ちゃんに、伝えようとしたことがあった。
(そう。そうだ。見たんだ。『誰か』を……)
誰かが、境内の階段を下りてきた。それから。それから? ……気がついたら家に帰っていた。そして気がついたら、そのことをすっかりわすれている。
また、思い出す。相原ちゃんに何かを伝えようとしていた……
なんだっけ。
……
あゆみ先生が、いつものようにおっとりと教室に入ってきた。
「はいはーい。朝の会、始めまーす。出席取りますよー……うんうん、みなさん、元気ですね! じゃあ今日の連絡をしまーす。今日はー……」
みかは意を決して手を挙げる。だけど……
「……なんだっけ」
「おい、みかー」
「蒼太、みかは忘れ物クイーンだよ、しょうがないよ」
はははは、クラスは笑いに包まれる。三 人 の 。
いつも、みかの「なんだっけ」に、みんな笑ってくれる。
消しゴムを忘れました。教科書を忘れました。体育着を忘れました。ランドセル忘れましたの時は、九人全員大爆笑だった。
「あはは。そうだよね、へんだよね、私」
みかもつられて笑った。
(でも。このクラス、もう少しヒトが居た気がするんだけど……なんだっけ)
……
ある十月の帰り道。蒼太と航が先に帰った。
忘れ物クイーンのみかは学校前の丁字路を下町に向けて真っ直ぐ進まないで、神社の方へ右にまがった。思い出そうと必死に考えているうちに、なぜか自然に神社の方へ足を進めていた。
あれえ。鳥居への下り階段の前に着いて、やっと道を間違えていたことに気がついた。階段を降りるまえに、手を合わせた。
(神様。何でもかんでも忘れちゃう私に、大切なことを思い出すチャンスをください……)
そして、階段を下った、その時。
『相原ちゃん……大祇祭。どうだった?』
……そうだ。忘れ物クイーンは、思い出した。
大祇祭で、何かが起きて人々がおおかみに食い尽くされたことを。そしてそのことを話した後に起こったことを。二人の元へ来た、そのヒトを。
(伝えなきゃ! 相原ちゃんに! この階段を降りた先にいる!)
なんだか鼻がとっても良くて、どういう訳か確信を持てた。
(早く、早く! 私がまた、忘れちゃう前に──!)
はっはっ。みかは、おおかみみたいに息を荒くした。
「相原ちゃん! 相原ちゃん、どこ?」
おおかみが遠吠えをあげるように、呼んだ。
……
「あらあら、みかさん」
振り返ると、どうしてかあゆみ先生が階段を下りてきて声をかけてきた。
「おうちは下町でしょう? どうしてこんな所にいるのかしら?」
……あの日と、同じ、顔をして。
ひと月くらい前……何か、大切なことを相原ちゃんに伝えようとしていたのだ。九月なのにとてもとても暑い日で。大祇神社の境内で。相原ちゃんに、伝えようとしたことがあった。
(そう。そうだ。見たんだ。『誰か』を……)
誰かが、境内の階段を下りてきた。それから。それから? ……気がついたら家に帰っていた。そして気がついたら、そのことをすっかりわすれている。
また、思い出す。相原ちゃんに何かを伝えようとしていた……
なんだっけ。
……
あゆみ先生が、いつものようにおっとりと教室に入ってきた。
「はいはーい。朝の会、始めまーす。出席取りますよー……うんうん、みなさん、元気ですね! じゃあ今日の連絡をしまーす。今日はー……」
みかは意を決して手を挙げる。だけど……
「……なんだっけ」
「おい、みかー」
「蒼太、みかは忘れ物クイーンだよ、しょうがないよ」
はははは、クラスは笑いに包まれる。
いつも、みかの「なんだっけ」に、みんな笑ってくれる。
消しゴムを忘れました。教科書を忘れました。体育着を忘れました。ランドセル忘れましたの時は、九人全員大爆笑だった。
「あはは。そうだよね、へんだよね、私」
みかもつられて笑った。
(でも。このクラス、もう少しヒトが居た気がするんだけど……なんだっけ)
……
ある十月の帰り道。蒼太と航が先に帰った。
忘れ物クイーンのみかは学校前の丁字路を下町に向けて真っ直ぐ進まないで、神社の方へ右にまがった。思い出そうと必死に考えているうちに、なぜか自然に神社の方へ足を進めていた。
あれえ。鳥居への下り階段の前に着いて、やっと道を間違えていたことに気がついた。階段を降りるまえに、手を合わせた。
(神様。何でもかんでも忘れちゃう私に、大切なことを思い出すチャンスをください……)
そして、階段を下った、その時。
『相原ちゃん……大祇祭。どうだった?』
……そうだ。忘れ物クイーンは、思い出した。
大祇祭で、何かが起きて人々がおおかみに食い尽くされたことを。そしてそのことを話した後に起こったことを。二人の元へ来た、そのヒトを。
(伝えなきゃ! 相原ちゃんに! この階段を降りた先にいる!)
なんだか鼻がとっても良くて、どういう訳か確信を持てた。
(早く、早く! 私がまた、忘れちゃう前に──!)
はっはっ。みかは、おおかみみたいに息を荒くした。
「相原ちゃん! 相原ちゃん、どこ?」
おおかみが遠吠えをあげるように、呼んだ。
……
「あらあら、みかさん」
振り返ると、どうしてかあゆみ先生が階段を下りてきて声をかけてきた。
「おうちは下町でしょう? どうしてこんな所にいるのかしら?」
……あの日と、同じ、顔をして。