【陸ノ参】

文字数 1,173文字

 そこから先は、美玲はあまりよく覚えていない。「撃ち抜かれた」頭から、おおかみが出てきた。……ような気がする。右目を潰されたおおかみはとても怒っていて、ゆーくんに襲いかかった。でも、片目の見えないおおかみの牙は、ことごとく空振った。
 美玲は暴れた。大好きだったチェーンソー・ヤイバのフィギュアも、大好きだったセラプリのカレンダーも。全部壊しながら、六畳間の洋室で、暴れ狂った。
 がぶり、かんだ。

(やった、捕まえた!)

 ……けれどそれは、別の女の子の腕だった。名前、なんていったっけ。一学期の終わりにだけ居た。ベル……なんとかさんだ。

『今だ、愛しいきみ!』

 なんとかさんの声が響いた……隙が生まれた。

(ゆーくん、ボクとチェーンソー・ヤイバの話するの、好きって言ってくれたよね。ゆーくん、ボクのこと、好きって、言ってくれたよね。ボクね、幼稚園の頃からね、あのね)

 どぼっ!

「ぎゃぉぉおおんっ」
(あは。幼稚園の時とおんなじ。ゆーくんに心臓、射抜かれちゃった……)

 ……

 しゅううう……
 おおかみはどこかに行って、荒れ放題の部屋に、右目と胸に大穴の空いた美玲が残された。

「美玲! わかるか、美玲、僕だっ」
「……わかるよ……ボクのゆーちゃん」
「美玲! ごめん、ごめんよ美玲」
「……いいんだ。ボク……ほんとは祭りの日に……死んでたんでしょ。茜に食べられて」

 美玲は大好きなゆーくんから目を逸らした。

「ほんとは……ほんとは、全部知ってたんだ。でも、怖くて。ゆーくんに嫌われるのが怖くて」
「嫌ってなんかない!」

 ゆーくんは涙をこらえて叫んだ。

「美玲……君の話すチェーンソー・ヤイバが、好きだった! とても!」
「ほんと……?」

 美玲は、天にも昇るような想いだった。

「ゆーくん……泣いてる……ボクのため、泣いてくれてる……えへへ。うーれし……」

 そして、血まみれの唇で、お願いした。

「ね……キス……して……ね? お願い」
「美玲……あのね、僕は」
「……」
「美玲? 美玲! 美玲ーっ!」

 ……

 橋立美玲は。
 ファーストキスを貰う前に、旅立った。大好きだった、アニメやマンガに囲まれて。
 でも、最後まで幸せだったのだ。ゆーくんにはわからないかもしれないけれど。最後の最後まで、大好きなゆーくんと、チェーンソー・ヤイバのお話が出来たのだから。

 ……

『愛しいきみ、よくやったね。新月の目の使い方も、上手くなってきてる。的確に心臓を射抜いた』

 ゆうは黙って、答えない。

『……そうだね、辛いよね。代わりに、私がやろうか』
「いい。自分で決めたから。二人のお母さんを救うって」
『じゃあ、()()()()()()。彼女の中の私を取り戻すんだ』

 ゆうは口の中の「新月の牙」をバキンと立て、美玲の首筋にかみついた。そして何時間もかけ。血のいってき、骨のひとかけらも残さずに。……残さず全て食べ尽くした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み