28.後悔

文字数 885文字

 病室は小ぢんまりとした個室だった。小さくノックをしても返事のないその扉には、面会謝絶の札が掛かっていたけれど構わず中に入った。幸い周囲には誰も居なかったので、咎められることもない。
 室内は、とても静かだった。定期的に鳴る機械音やたくさんのチューブ。真っ白い布団は、まるで拘束具のように日和を抱え込んでいるみたいだった。
 枕元にある花瓶には優しい色の花が生けられていて、今まで何も知らずに暢気にしていた自分を責めているように思えた。
「ひよ……り」
 語りかけた声は掠れてしまい、日和の耳に届かなかったみたいだ。いや、もう二度と届かないじゃないかって、もの凄い不安に駆られた。
 僕は、もう一度名前を呼んだ。今度はしっかりと声を出して。
「日和」
 聞こえないはずのないボリュームのはずだった。なのに、日和は目を開けないし返事もしない。
 やっぱり、もう二度と僕の声は日和に届かないのかもしれない。だけど、そんなの、絶対に無理で。僕は、何が何でも日和に目を開けてもらいたいし。僕の声を聞いてほしい。
「なに、寝てんだよ……」
 普段なら僕が話しかければ、全く頓珍漢だけれど返事をしてくれたじゃないか。冷蔵庫には、日和が美味しいって言った缶チューハイのマンゴーが入ってるよ。棚には、クッキーの缶だってある。タマゴサンドを持って、ピクニックに行きたかったんだろ? 日和の好きな卵のディップは、特別にたくさん挟むから。だから、寒くなる前にピクニックへ行こうよ。
「日和……」
 面会謝絶の意味なんて理解したくもないのに、返事もしない目も開けない日和を目の前にしたら、理解せざるを得ないじゃないか。
 やめるって、こういうことだったのかよ……。
 こういうことだったのかよっ……。
 悔しすぎるこの状況は、自分が背中を向け続けてきた結果だ。
 だけど、いくら僕が後悔の涙を流したところで、起きてしまった現実を覆す事なんかできやしない。
 なのに、僕は相変わらずで。やっぱり、後悔をするしかできないんだ。
 鬱々と、いつまでも……後悔の山に埋もれるしかできないんだ――――。
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