14.彼の歌

文字数 1,148文字

 夢を見た。
 真っ暗なリビングで、日和が一人ぽつんと座っていた。カーテンは全部閉まっていて、なのに灯りもつけずに、日和はたった一人でそこに居た。
 三角座りをした日和は僕が近づくと、“大好き”って言っちゃったの。弱々しい声でそう呟いた。
 それから、彼の歌を歌いだす。わざと下手糞に、わざとぶっきら棒に。
 だから、僕も一緒に歌ってあげたんだ。下手糞に、ぶっきら棒に。

―――― 何度見上げたら 青い空はみえてくるのだろう
 いくつの耳をつけたら あいつには人々の泣き声がきこえるのだろう
 何人死んだら気づくのだろう 数え切れない命が消えてしまっている事を ―――― 

 日和は、涙を堪えながら歌い続けていた。僕はその涙に釣られないように、その夢の中で同じくらい必死に歌い続けていた。

 ねぇ、日和。
 僕は、君が彼の歌を歌うわけを知っている――――。

 夜中に、たくさんの汗をかいて目を覚ました。頭はぼうっとしているのに、あの曲だけが日和の声で脳に鮮明にこびりついていた。
 日和がお気に入りのソファは僕の汗で湿気っぽくなっちゃって、明日になったら重いけど頑張ってベランダに引っ張っていって、天日干しにしてやろうと思った。
 そうして僕は、シャワーで汗を流す事もなく、またそのソファで眠りについた。

「汗、凄いよ」
 優しく前髪を掻き分けられて、目を開けた。そこには、緩く吹き込む冷風と日和の姿があった。
 ぼんやりとしたまま壁の時計を見ると、まだ夜が明けたばかりの時刻だった。壁にあるエアコンが、僕の汗を引かせようと静かな唸りを上げている。
「お帰り」
 ソファから起き上がり、汗をかいた体の気持ち悪さに顔を顰めていると、日和が「ただいま」と言う。
 日和に、ただいまって言われると、僕はこの上なく安心する。やっと僕のところへ帰ってきてくれたって安心する。
 日和は僕のぼんやりした目の奥をジッと覗き込み、いつものように何かを言おうと努力しているみたいだった。けれど、その努力は報われる事はなく、言おうとしていたのとは別の言葉を日和の口から洩らす。
「シャワー、浴びた方がいいよ」
 もう一度僕の汗でぬれた前髪を触り、首を少しだけ傾げる。僕は、うん、と頷きリビングを出た。
 僕が出て行ったリビングで、日和が一人彼の歌を歌いだすんじゃないかと不安に思って、少しだけその場で足を止めて耳を澄ましたけれど、歌は聞こえて来なくて。僕はさっきとは違う安心感を得てバスルームへ入った。
 シャワーを出し、水の出る音にかき消された向こうで、日和が歌を歌っている気がして、僕はまた落ち着きをなくす。彼の歌を。日和が歌う彼の歌を、心の奥底に閉じ込めてしまいたいと、頭から熱いシャワーを浴びた。
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