11.好きになればいい

文字数 843文字

 何本かのビールを箱から取り出し、すぐに冷蔵庫へしまった。それ以外に、二本を冷凍庫へ入れた。すぐに冷えるようにだ。
 一仕事終えた僕らは、ねっとりと纏わり着いていた梅雨のジメジメを順番にシャワーで洗い流した。初めに日和が、次に僕が。交互にシャワーを浴び、そして冷凍庫へ入れておいた方のビールを開けた。
 日和に向かって「乾杯」って言うと、ほんの少し首をかしげ、何に対して? って顔をする。
 僕としては、日和が戻ってきた事に乾杯の気持ちだけど、それを言うのは長年の付き合いもあって照れくさいから、「酒を開けた時はなんでもいいからとにかく乾杯だよ」って誤魔化したら、「そうだね」って日和は頷いた。
「早く夏が来ないかなぁ」
「どうして?」
 僕がビールを口にしたあとしみじみと呟くと、日和が不思議そうな顔を向けてくる。
「だって、雨と粘つく湿気には気持ちが沈む」
 愚痴るように零すと、首を少しだけ捻ってから日和が言った。
「じゃあ、気持ちが沈まないように、雨と粘々を好きになればいいよ。だって、ともちゃん納豆嫌いじゃないでしょ?」
 日和は、さっき買ったばかりのTシャツ“シー イズ ソー クール”のセリフを背中に背負って、いい提案とばかりに、「ねっ」と僕に言う。
 確かに、納豆は嫌いじゃないけれど、梅雨の粘々と納豆の粘々は別物だ。
 僕は、ねっ。て日和からどんなに言われても、やっぱり雨は鬱陶しいし、納豆の粘々とは違う梅雨の粘つく湿気は気持ちが悪い。
 だから、いくら日和がイケてる感じで涼しげに、好きになればいい、と言ったところで、この時季の鬱陶しさを好きにはなれそうにない。
「ねぇ、ともちゃん……」
 一缶目のビールを僕が空けたのと、日和がいつものように何かを言いかけた時、丁度インターホンが鳴った。
 僕は、日和に向って、何? って顔を向けながらも直ぐに立ち上がり、誰が来たんだろう? とインターホンに出た。
 日和は口をつぐみ、インターホンの画面には、紘が居た――――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み