24.告白

文字数 3,519文字

 正午近くになり、一旦昼食をとろうと紘に連絡を入れた。待ち合わせ場所を伝えて、僕もそこへ向かう。
 待ち合わせ場所付近にあった喫煙場所で煙草を吸いながら、紘が来るのを待っていた。しばらくすると、弾むような足取りで紘が現れた。
「わりぃ、わりぃ」
 待たせた事を謝ると、さっさと店内に入って行く。
 席に案内されるとお冷のグラスを目の前に、腹減ったぁ~、と零す紘がランチのナポリタンを注文した。僕は、きのこのパスタにした。ランチについてくるコーヒーは、先に貰うことにする。
 コーヒーがテーブルに運ばれ、熱々のそれに口をつけようとするのを見計らうように、紘が口を開いた。
「今朝、なんか言おうとしただろ?」
「え?!」
 僕は、そう切り出されて何故か少し焦ってしまい、普段よりも少し高い声が出た。紘は僕とは対照的に落ち着いていて、ゆっくりとお冷を口に運んでいる。
 僕は朝に言い掛けて飲み込んでしまった事を、紘が訊ねてくるなんて思いもしなくて、どきりとしていた。
 大体、朝に話そうとした時ならまだしも、急にそんな風に訊かれても心の準備ができていない。いや、朝の時点でならできていたけど、時間を置いてしまったせいで、また心の準備は一からの状態だった。
 僕はコーヒーの存在も忘れて、音を立ててお冷を半分ほど飲み、気持ちを落ち着かせる。空腹のお腹に入った水が、やけに冷たく感じた。
 紘は、僕が朝に言いかけた事を自分から話し出すまで一切口をきくもんか、とでもいうように、じっと僕の目を見たまま黙っている。それでも僕は、今更ながらの告白をなかなか口にできず、ちびちびと何度もお冷に口をつけていた。そのうちに、注文したナポリタンが湯気を上げ紘の前に運ばれてきた。
「うまそ」
 ずっとしゃべらなかった紘は、その一言だけ言ってナポリタンを頬張りだした。
 僕は、同じくして運ばれてきたきのこのパスタを、ぐりぐりとフォークに絡ませて口に運んだ。
「あちっ」
 小さく零すと、チラリと紘が見る。その目が、俺が食い終わるまでに話せよ、と訴えかけてくる。
 その食い終わるまでってのがどれくらいかと紘の食べるペースを見ていれば、きっと物の数分だろうと計算できる。だって、僕がこうしてちょっと考え込んでいるだけで、皿の上のナポリタンは、既に半分になっているのだから。
 仕方なく、というか。腹を決めて、僕は口を開いた。ナポリタンは、残り四分の一ほどになっていた。
「僕、日和のことがずっと好きなんだ」
 意を決した僕は、ナポリタンを完食してしまった紘へ告げた。
 心臓がドクドクと音を立てている。今食べたきのこのパスタが胃の中で絡まって、この告白の邪魔をしているようだ。
 紘は、驚くだろうか。僕が日和を好きだなんて、きっとビックリするに違いない。だって紘は日和にしか目がいっていないのだから、僕がそんな気持ちを抱えていたなんて気付きもしなかっただろう。
 紘はテーブルの端にあったナプキンで、赤くなった口の周りを丁寧に拭いている。それほど気取っていない紘でも、流石にナポリタンで赤くした口のままでは居られないらしい。
 その後、運ばれてきた熱々のコーヒーをゆったりと飲むと、僕の顔をじっと見た後口を開いた。
「知ってるよ」
「えっ!?」
 僕は、自分が日和に抱いていた気持ちを紘が知っていたなんて露ほども思っていなかったから、酷く驚き、動揺した。そして、さっきよりも更に高い声を出してしまっていた。
 けれど、紘にしてみればそんな事はなんでもないことのようで、シラッとした顔つきだ。
 おかげで気を落ち着かるためにコーヒーを飲んだら、初めに頼んでから時間が経ってしまったせいで、感じの悪いぬるさになっていた。仕方なくお冷のコップに手を伸ばしたけれど、既にグラスは空だった。
 そんな僕の行動に突っ込む事もなく、紘が冷静に話し出した。
「会社で言おうとしてた話って、それ?」
 紘は、眉間に少しだけ皺を寄せて訊ねた。
 僕は、うん、と小さく頷いた。
 すると紘は、はぁー、と凄く安心したような、それでいて、呆れたような大きな息を吐き出した。
「マジ、焦るし。俺、(とも)()が日和ちゃんと付き合っちゃったのかと、先走っちったよ」
 マジ、びびったー、と紘は、さっき運ばれてきた熱々のコーヒーを美味しそうに口へと運んだ。
 僕は拍子抜けというか、そこまで考えていた紘を逆に感心した。だって僕は、紘へ日和の気持ちを伝えるのにも、こんなにもたもたとしていたくらいだから。
 しかもびびったのは僕の方で、日和への気持ちがまるっきり紘へと気づかれていたなんて、まさかのまさかという感じだ。
 拍子抜けとある種の驚きを覚えながらも、僕もコーヒーは食後にするべきだったと、紘のカップから上がる湯気に一瞬目を奪われた。
「つーか、そんなのとっくに知ってたし」
「そう……なんだ?」
 僕は、口元の歪んだよくわからない表情で訊ねる。
「解ってた上での、俺の行動だったんだけど」
「え?」
「だーかーらー」
 僕が巧く話を理解できないでいると、紘が少しばかり面倒だなぁ、なんて感じで髪の毛をくしゃくしゃとすると説明を始めた。
「要するに、俺らはライバルなわけ。解る?」
 紘は少しだけ前のめりになって、僕に同意を求める。僕は、とりあえず、うんと頷いた。
「ライバルってー事はだよ、清々堂々なわけだ。だから、影でコソコソする事もしなかったし、俺は俺で真正面から日和ちゃんに好意をぶつけてきた。智哉もそうなんだと思ってたんだけど、違ったんだな」
 どきっ。
 違ったんだな、って部分が、なんだか責められているような感じに聞こえて、僕は少し息を飲んだ。
 いや、実際責められていたのかもしれない。別にこそこそしていたわけじゃないけれど、結局はそういうことになってしまうだろうから。
「まぁ、いいさ。これでお互いはっきりしたわけだ。俺は、これからもガンガン攻めてくかんな」
 確かに、はっきりはした。けど、宣戦布告のような紘の態度は僕を怖気づかせる。
 紘みたいに顔も良くて背も高くて、しかも女の子の扱いは天下一品ときたら、大概の子はメロメロだろう。
 あ、メロメロって古いかな? まぁ、いいや。
 それよりも、これからはのんびり構えていられないって事だよね。いや、今までも別段のんびり構えていたわけじゃあないけど。でも、はっきりしない僕の態度や行動は、やっぱりのんびりしていると捉えられても仕方ない。
「それにしも。相変わらず、真面目だなぁ、智哉は。つーか、律儀」
「そっかなぁ……」
「そうだよ。いちいちこんな風に、相手の男に断りいれるなんてさ」
 そうか、僕はやっぱりどこまで行っても、まじめで面白みのない男なのかもしれない。これじゃあ、女の子を喜ばす術に長けている紘に敵いそうもない。
「で、日和ちゃんだけど。今日は、智哉の家に居る?」
「え? うん、まぁ」
 多分、マンションに帰れば日和はお気に入りのソファで丸まっている事だろう。そんで僕は、ただいまー、なんて言いながらリビングに入ってすぐキッチンへ行き、日和のために何か夕食を作るんだ。
「そっか。じゃあ、俺、仕事終わったらそのまま智哉の家に行く」
「え……」
「ん? 何か、問題ある?」
「あ、いや、えっとぉ」
 問題といえば、問題だ。紘が加わるとなると、食事を三人分作らなきゃいけなくなる。冷蔵庫の材料は、足りるだろうか?
 いや、そんなことが問題なんじゃない。紘が一緒って事が、問題なんだ。だって僕は今日、日和と二人での食事を楽しみにしていたのだから。
「邪魔すんな、とか思ってんだろ?」
「……え……」
「智哉は、解り易いんだよ」
「いや、そんな、僕は、別に。……うん」
「なんだよ、それ。結局邪魔って意味だよな? だぁーっ、もぉ」
 うん。なんて、語尾につけちゃったもんだから、紘が落ち込んで頭を抱えた。その姿は、相変わらずの三文芝居だった。こんなんでも女の子の前ではイケてる自分を演出するんだから、ある意味凄いよな。
 僕は尊敬の眼差しを向けながらも、紘が遠慮してくれないかな、なんて思う。けれど、そんなに甘くないのが紘で。甘やかしてくれないのも、紘だ。
「よしっ。わかった、とにかく一緒に帰るぞ」
 どこがどうわかったのか少しも理解できないけれど、紘は僕の肩をタンタンと叩き、さっさと歩き出す。
 仕事が終わり、僕は自分のマンションへ帰るというのに、なんだか僕がお客みたいに、紘の後ろをついていった。
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