13.自覚
文字数 1,486文字
来なければいいと願った夏が、僕の願いなど聞き入れるのも面倒くさいみたいに、早くもやってきてしまった。きっと太陽の奴が、雨雲を必死に蹴散らしたのだろう。頑張り屋の太陽だ。必死になりすぎて、脱水症状にならなければいいけれど。
日和は夏までの間に、度々この家を空けるようになっていた。けれど、以前のように何日も帰ってこないわけじゃなく、二、三日留守にしては、三、四日ほど居て、また二、三日姿を見せないといったサイクルだった。
そんなに早く男とくっ付いたり別れたりしているはずはさすがにないだろうけど、いったいどこで何をしているのか僕は訊けずにいた。
きっと、日和の背中に掲げた“シー イズ ソー クール”のセリフが、僕の口を塞いでいるんだろう。
そんな、夏の暑い夜。日和は昨日の夜から姿を消していて、僕は冷蔵庫の中から同じように姿を消していたビールを買いにおっちゃんの酒屋を目指していた。
膝までのジーンズにビーサンを引っ掛け、だれたようなTシャツを着て夜道を行く。風はほんの少しも吹いておらず、僕の汗は噴出す一方だった。
「あっちぃ」
声に出すと余計に暑さが増す気がしたけれど、言わずにはいられない。たいして意味もないと思いつつも、Tシャツの胸の辺りを摘んでパタパタと涼しい空気を求めてみた。けれど、やっぱり意味はなく、少しも涼しくならない。
ペタンペタンとビーサンを鳴らし歩いて行くと、街灯の下に昨日から姿を消していた日和の姿がぼんやり浮かんでいるのを発見した。
「日和」
ボソリと独り言のように呟くと、以前カフェで見かけた黒縁眼鏡の青年が現れた。青年は日和の傍に駆け寄ると、思いっきり抱きついた。
息を飲むっていうのは、こういう事を言うんだと、僕は速まる心臓とは別のところでのんびりとした感想を持った。
抱き合う姿を見てドクドクと血液が物凄い速さで巡っているのに、別の場所では、あぁ、この二人、まだ続いていたんだなぁ、なんて冷静な思考で遠巻きに見ている自分がいた。
ここの所、何度も細かく姿を消していたのは、こういうことだったんだ。
こういうことがどういうことかなんて、詳しく考えられもせず。ただ、二人は続いていたっていう事実だけを理解した。
日和は黒縁眼鏡の青年に抱きつかれると、黙って背中に手を回し、親が子供へするみたいに、よしよしって背中をポンポンと叩く。青年は日和に抱きついたまま、安心したようにずっとそのままでいた。
僕は十メートルほど離れた位置からそんな二人の姿をぼんやりと眺め、おっちゃんの酒屋に行くにはこの道しかないのにな、なんて思いながら踵を返した。ペタンペタンとまたビーサンを鳴らし、仕方なくちょっとそれた先にあるコンビニへ向かう。
コンビニでは無駄に明るい店内が僕の目を痛いくらいに刺激して、ビールを二本買って外に出たときには僕の頬には涙があった。
「目に沁みる」
ボソリと零し、手の甲で乱暴に涙を拭ったあとビールのプルリングを開ける。
喉を刺激する炭酸が今日は少しも美味しくなくて、「まっじぃ」と零しながらペタペタと無駄にビーサンに音を立てさせながら家路を辿った。不味いと感じた缶ビールは、一口だけ僕の体内に入った後は、減ることもなく。蒸し暑さに冷たさを失っていった。
家に着き、ほとんど減ることのなかった缶ビールをシンクに置いてから、日和のいないソファに腰掛けた。いつも丸まってここに居るはずの日和を求めるみたいにコロンと横になり、あぁ、僕はこんなにも日和が好きだったんだな、って今更ながらに自覚したんだ。
日和は夏までの間に、度々この家を空けるようになっていた。けれど、以前のように何日も帰ってこないわけじゃなく、二、三日留守にしては、三、四日ほど居て、また二、三日姿を見せないといったサイクルだった。
そんなに早く男とくっ付いたり別れたりしているはずはさすがにないだろうけど、いったいどこで何をしているのか僕は訊けずにいた。
きっと、日和の背中に掲げた“シー イズ ソー クール”のセリフが、僕の口を塞いでいるんだろう。
そんな、夏の暑い夜。日和は昨日の夜から姿を消していて、僕は冷蔵庫の中から同じように姿を消していたビールを買いにおっちゃんの酒屋を目指していた。
膝までのジーンズにビーサンを引っ掛け、だれたようなTシャツを着て夜道を行く。風はほんの少しも吹いておらず、僕の汗は噴出す一方だった。
「あっちぃ」
声に出すと余計に暑さが増す気がしたけれど、言わずにはいられない。たいして意味もないと思いつつも、Tシャツの胸の辺りを摘んでパタパタと涼しい空気を求めてみた。けれど、やっぱり意味はなく、少しも涼しくならない。
ペタンペタンとビーサンを鳴らし歩いて行くと、街灯の下に昨日から姿を消していた日和の姿がぼんやり浮かんでいるのを発見した。
「日和」
ボソリと独り言のように呟くと、以前カフェで見かけた黒縁眼鏡の青年が現れた。青年は日和の傍に駆け寄ると、思いっきり抱きついた。
息を飲むっていうのは、こういう事を言うんだと、僕は速まる心臓とは別のところでのんびりとした感想を持った。
抱き合う姿を見てドクドクと血液が物凄い速さで巡っているのに、別の場所では、あぁ、この二人、まだ続いていたんだなぁ、なんて冷静な思考で遠巻きに見ている自分がいた。
ここの所、何度も細かく姿を消していたのは、こういうことだったんだ。
こういうことがどういうことかなんて、詳しく考えられもせず。ただ、二人は続いていたっていう事実だけを理解した。
日和は黒縁眼鏡の青年に抱きつかれると、黙って背中に手を回し、親が子供へするみたいに、よしよしって背中をポンポンと叩く。青年は日和に抱きついたまま、安心したようにずっとそのままでいた。
僕は十メートルほど離れた位置からそんな二人の姿をぼんやりと眺め、おっちゃんの酒屋に行くにはこの道しかないのにな、なんて思いながら踵を返した。ペタンペタンとまたビーサンを鳴らし、仕方なくちょっとそれた先にあるコンビニへ向かう。
コンビニでは無駄に明るい店内が僕の目を痛いくらいに刺激して、ビールを二本買って外に出たときには僕の頬には涙があった。
「目に沁みる」
ボソリと零し、手の甲で乱暴に涙を拭ったあとビールのプルリングを開ける。
喉を刺激する炭酸が今日は少しも美味しくなくて、「まっじぃ」と零しながらペタペタと無駄にビーサンに音を立てさせながら家路を辿った。不味いと感じた缶ビールは、一口だけ僕の体内に入った後は、減ることもなく。蒸し暑さに冷たさを失っていった。
家に着き、ほとんど減ることのなかった缶ビールをシンクに置いてから、日和のいないソファに腰掛けた。いつも丸まってここに居るはずの日和を求めるみたいにコロンと横になり、あぁ、僕はこんなにも日和が好きだったんだな、って今更ながらに自覚したんだ。