16.金魚を眺めて

文字数 763文字

 縁日で捕まえた尻尾がピンク色の小さな金魚は、僕の部屋に連れて来られた。テーブルの上に置かれた大き目のグラスの中で、ピンク色のしっぽをした金魚は優雅に泳いでいた。日和は、お気に入りのソファーの上で、日がな一日それをぼんやり眺めている。
「もっと大きい金魚鉢でも買う?」
 金魚を眺め続けている日和に訊ねると、うん、とも、ううん、ともとれる曖昧な呟きをするだけだ。
 クーラーの効いた室内はとても快適で、外になんて出かけたくないと思わせるには充分だけれど。
「出かけたりしないの?」
 縁日から以降の日和は金魚ばかりを眺めていて、ほとんど外に出る事がない。
 大学が夏休みのせいもあるけれど、時々ソファに丸まって、時々ご飯を口にして、そして金魚を眺めているだけだった。いくら快適な室内だとは言え、少しくらい太陽の光を浴びたり、外の空気に触れたほうが健康的だと僕は思う。
 だけど日和はずっと家の中に居てばかり。ただ、金魚のそばに居るんだ。
 僕がスーパーの買出しに誘っても、おっちゃんの酒屋に誘っても、日和は一緒にいこうとしなかった。
 そう言えば、黒縁眼鏡の彼とは、どうなったのだろう。道っぱたで抱き合っていたのに、その後逢っている様子がない。あの黒縁メガネの青年と、巧くいってないのかな。僕としてはその方がいいけれど、なんだか元気がないように映る日和の姿を見ていると、素直に喜ぶこともできないでいた。
 紘は相変わらずで、時々やってきては日和にちょっかいを出している。日和の好きそうなデザートを買ってきたり。キンキンに冷えたビールを持ってきたり。面白動画を集めたDVDをわざわざ作成して持ってきたり。試行錯誤はしているけれど、それでも日和は相変わらずだった。
 だから紘も気づいているみたいだった。日和の元気がないことに。
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