4.星と月

文字数 914文字

 雨は、次の日もしとしととしつこく降り続いていた。凄く怒ってはいないものの、まだ空の機嫌は直っていないらしい。
 日和は先に家を出たようで、部屋の中は静まり返っていた。
 リビングのソファの上には、黄色のポスカが一本、日和の替わりみたいにそこに居た。
 何に使ったんだろう?
 不思議に思いつつも、仕事の時間が迫っている事に気がついて僕は急いだ。
 昨日、マンションの踊り場に面した窓の格子に引っ掛けたはずのビニール傘が、いつの間にか玄関にある傘立ての中にいる。多分、日和だろう。ああみえて、気が利くんだ。ああ見えてっていうのは、普段ぼんやりしているのにって言う意味。なんて言ったら叱られるかな。
 傘立てに入っている、慌ててコンビニで買った素っ気無い筈のビニール傘を手に取った。
 ん?
 傘を手にした瞬間に少しの違和感を抱いたけれど、急いでいる僕はそのまま玄関を出た。
 エレベーターで下に降り、エントランスの自動ドアの前に立って降り続く雨粒たちをひと睨み。
 いつまで降るんだよ。と空に訊いても返事はない。
 降り続ける雨に向かってビニール傘をパッと広げると、そこにはたくさんのへったくそな黄色い星と、ちょっと歪んだ三日月が居た。
「なんだよ、これ」
 僕は、ぽかんと口を開ける。それから、少しずつ込み上げる静かな可笑しさに口角が上がるのを止められない。
 日和は、ビニール傘が素っ気無い、と言った僕の言葉をちゃんと聞いていたみたいだ。
 夜中にせっせとビニール傘にいびつな星たちを描いていただろう日和の姿を考えると、とうとうぷっと笑いが零れてしまった。なんて日和らしいんだろう。
 少し悩んだ挙句、そのままその傘を差して行くことにした。
 道行く人みんなが僕の傘を見て笑っているみたいだったけど、気にしない。
 だって、日和の描いてくれた星と月が素敵過ぎて、みんなが笑顔になっているんだって思うことにしたから。
 実際、日和の描いた歪んだ星と月は、曇った空から降ってくる雨を遮ってくれて、僕の心を晴らしてくれていたから。
 この雨が上がって、すっかり晴れたら。またタマゴサンドを作って、日和をピクニックへ連れて行こう。
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