15.ひよことサニー

文字数 2,302文字

 夏真っ盛りのある日、紘が日和を縁日へと誘いに来た。日和は、少しだけ嬉しそうに笑った。
「ともちゃん、行こう」
 当たり前のようにして誘う日和に、僕は嬉しくなり笑った。紘は少しだけ納得のいかない顔をしていたけれど、日和は少しも気付かずにいる。
 僕は黄色のポスカがいつの間にかチェストの上に移動しているのを見て、そいつに向って、行って来るよ、と挨拶をした。ポスカは、転ぶなよ、なんて幼稚園児にでも言うような顔をして僕を見送った。
 僕と紘は、Tシャツに短いジーンズというラフな格好。日和は伸びてきた髪の毛が鬱陶しいのか、出掛けにジャキジャキと前髪を、紙を切る鋏で躊躇うことなく切っていた。おかげでちょっとデコボコになった前髪はオンザで子供みたいになった。なのに、肩より少しだけ長くなった髪を無理矢理ポニーテルにしたせいで、首筋の後れ毛が色っぽくてまいってしまう。
 紘はそんな日和の姿を見て、あからさまに頬を緩めていて締りがない。僕も紘のように締まりのない顔をしそうになったけれど、反面教師なんて酷い事を思いながら、頑張って表情を引き締めた。
 日和は縁日を楽しみつつ、キョロキョロと何かを探しているよう。
 僕はその姿を見てすぐにピーンと来たけれど、現実になってほしくないから気付かないふりを決め込み黙っていた。なのに紘が訊ねちゃって、僕はあーあ、と天を仰ぐ。
「さっきから、なに探してんの?」
 あぁー。それ、訊く?
 日和を真ん中に、僕は紘の質問に頭を抱える。
 それ、禁句だってば。そんなの訊いて現実になったら、どうすんのさ。大体、誰が面倒見ることになると思ってんのさ。僕んちは、都会のマンションなんだよ。片田舎の庭付き一戸建てじゃないんだよ。面倒なんて、見切れやしないんだから。
 紘には、それがどれほど禁句な質問なのかなどまったく解らないのだけれど、僕はねっとりとした目を向けた。なのに、紘は日和しか見ていないので、僕のその恨みがましいともいえる目つきに気がつかない。
 日和の左手には、さっき捕まえた金魚と、右手には林檎飴が握られていた。小さなビニールの中で泳ぐ金魚の尻尾は、赤と白のつなぎ目辺りがピンク色をしていて、それが特徴的だった。
 日和は、紘がした質問にただピンクのひよこ、と応えた。
 ほら、やっぱり。だから僕は黙って知らないフリをしていたというのに、どうして訊ねちゃうのさ。
 そう思いながら懲りずにもう一度ねっとりした目を向けたけれど、やっぱり紘は気がつかず、日和だけを見て話す。
「ひよこ?」
「うん。ピンクの」
 日和は、林檎飴で赤くなった唇で紘に話す。まるで綺麗な口紅でも塗られたような赤い唇は、屋台の灯りに艶めいて、後れ毛同様に僕の心を動揺させる。
 今日和の紅に触れたなら、甘くとろけるような……。
 そこまで想像して、自分の心臓が激しく鳴っていることに気がつき、胸に手を置き落ち着かせた。
 一人あたふたと自分の感情に振り回されている僕の存在などないもののように、日和と紘の会話は続いていた。
「ピンクのひよこが欲しいの」
 日和は、まだ諦めていなかったようだ。どうしてそこまでピンク色のひよこに拘るのだろう。物事に拘りを持たない日和にしては、珍しすぎる出来事だ。
「ピンクのひよこねー」
 紘は日和と一緒になって、カラーひよこを売っている出店をキョロキョロと探している。僕は探しているフリを装いつつ、必死に心の中でひよこの屋台がない事を祈っていた。
 結局、屋台の通りを二往復もしたけれど、疲れただけでカラーひよこの屋台はなかった。きっと、動物愛護団体から苦情が来て、そういうのは禁止になったんじゃないかと僕は思っていた。だって、生きているひよこにわざわざ色をつけるなんて、やっぱり可哀相な気がする。元々持っている綺麗な黄色を、どうして他の色に変える必要があるのか、僕にはちっとも理解できない。
 ひよこの屋台がない事に安堵している僕の横で、紘がどうして欲しいのかなんて日和に訊ねていた。すると、日和は少しだけ考えるようにしてから応えた。
「サニーが……」
 出た、サニー! 謎の外国人、久々の登場! さて、サニーとは一体どういった人物なのでしょうか。
 僕は心の中で、勝手に野球の実況中継をする解説者のような真似をした。
「サニー?」
 紘はその名前に首をかしげている。
 まぁ、当然の反応だよね。だって、あからさまに日本人じゃない名前を聞かされて、疑問を抱かない方が変だもん。
「サニーっていう人に、ひよこを勧められたの?」
 紘がそう訊ねると、日和はブンブンと首を横に振る。日和の要領を得ないおねだりに、流石の紘も困惑している。
 その後、閃いたという顔で紘が手を打った。
「あぁっ、分かった。サニーが、ひよこを見たことないから見せたい……とか……?」
 分かったと手を打ったわりに、後半は疑問系の尻すぼみ。
 てか、ひよこを見たことない外国人て、どこの国出身だよ。鶏なんて、どこの国にでもいるもんだよね? ん? 居ないのか……?
 僕は、苦笑いで黙って日和の隣を歩いた。
 紘はその後も、日和へひよこについて必死になって訊いているけれど、結局ひよこの事もサニーの事も謎のままになってしまった。
 何故って、訊ねている途中で花火大会が始まってしまったからだ。
 大きな音と眩しい花びらに遮られてしまった、ひよことサニー。結局、紘はその続きを気にしなかったし、日和も話そうとしなかった。
 そして、僕も舞い上がる光の花たちに目を奪われ続けていた――――。
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