8.再会
文字数 2,024文字
深夜。ヒマな僕は紘に呼び出され、近所のカフェでまったりとしゃべっていた。向かい合って座るさまは、なんだか恋人同士のよう。けど違うからね。紘の事は好きだけど、それは友達としてだからね。
誰にともなく、いい訳してみる。
遅くまでやっているそのカフェは、路地の裏っかわにポツリとあるせいか、灯る店内の灯りが寂しさを強調している気がした。その分、あまり混み合うことがないから居心地はいい。
紘は、この前会った時よりすっきりとした顔をしていた。散っていく桜に負けないような、潔い何かをしたのかもしれない。ただ、目の下に出来たクマは、疲れと睡眠不足で色を濃くしている。
帰って寝たほうがいいんじゃないの? 喉元まで出かかった時、一組の客が店内に入ってきて視線を奪われる。そして僕は、紘への言葉を飲み込んだ。
日和……。
何日ぶりだろう。いや、何ヶ月ぶりだろう。寒い季節は当に過ぎていたし、桜もすっかり散ってしまっていた。外からは微かに雨の匂いも近づいてきていたから、少なくとも半年以上ぶりだと思う。
余りに突然の再会で、僕は言葉もなくしたまま、視線だけが日和を求め追っていた。
日和は相変わらずのジーンズに、くたくたのロンTを着ていた。唯一違っていたのは、足元で。そこには、真新しいコンバースが、眩しいくらいの白さを見せ付けていた。
「穴……、開いたんだ」
ボソリと零した僕の言葉に、紘が、え? なんて顔をする。それからキョロキョロと自分の服や履いているパンツを見て、穴なんて開いてねーしと僕に抗議した。
僕はそんな紘の言葉に相槌を打ちながらも、日和を目で追い続けていた。だって、日和は男と一緒だったから。
一緒に居る隣の男はとても優しそうな顔をした青年で、伊達眼鏡のような黒縁の眼鏡がよく似合っていた。日和よりも頭半分くらい大きい黒縁眼鏡の青年は、僕や紘には目もくれず、日和だけを見て話をしていた。その瞳は、とても優しい。
「愛されてるんだ」
また、ボソリと洩らした僕の言葉に流石の紘も気づき、視線を辿って首を巡らせ二人を見た。
「知り合い?」
知り合い?
うん。
そう。
知り合い。
僕が大切に想う人。
心の中では応えていたけど、どうやら声になっていなかったみたいだ。
紘は僕が何も応えずにいると、また日和に視線を戻した。
「あの子、可愛いな」
少しだけ軽く言って笑う。
そっか。日和は、可愛いのか。気がつかなかったな。
確かに、日和は華奢で細っこいけど、胸はそこそこある。お尻はちっちゃ過ぎる気もするけれど、腰がくびれているからそれも感じさせない。頭もちっちゃいし、鼻の穴もちっちゃい。
その代わりみたいに目は二重で大きくて、ソファの上で丸まる姿は、炬燵の傍でぐっすり眠る猫みたいだって思う。
そんな猫の日和と黒縁眼鏡の青年は、楽しそうに会話をしている。会話の内容までは聞こえてこないけれど、仲が良さそうなのはどっから見ても明らかだった。
そんな姿を見て、まだしばらく日和は戻ってこないかもしれないと痛む心で思った。
日和と黒縁眼鏡の青年は、テイクアウトでコーヒーを頼んでいた。
レジで店員さんが屈託のない笑顔を向けて、ありがとうございました。って言うと、日和は、素敵な笑顔ね、って言ったあとに、負けないくらいの笑顔でありがとうを返していた。
素敵な笑顔ね。なんて他の人が言ったらなんだか嫌味に感じるような気もしたけれど、日和が言うことによって少しも嫌味なんかじゃなく、それどころか、ありがとうって言われた店員さんの心が幸せ色に染まっていくのを感じ取れた。
深夜まで、お疲れ様。
日和のありがとうと笑顔には、そんな気持ちが込められているって、店員さんにも伝わったんだろう。僕は、日和のそんなところが好きだと思った。
「今の、いいな」
クマを作った紘の目元が綻んだ。紘にも、日和が作り出した幸せ色が伝染したみたいだ。
コーヒーを受け取った日和は、僕の存在に気付いていないみたいにそのまま黒縁眼鏡の青年と店を出て行った。でも、それは気付いていないみたいに装っているだけで、本当は気付いているんだって僕には解る。だって、カフェを出て行く日和の背中がそういっていたから。
日和は、僕が友達と一緒にいる時間を邪魔したくなかったんだ。日和は、そういう奴なんだ。
僕は、そんな日和の事を解っている。
日和と青年がいなくなってから、数分で僕たちも店を出た。外はなんとなく湿っぽい気がして、夏の前のあの鬱陶しい季節がやってくる事をイヤでも解らせた。
それでも、今年の梅雨は今までの梅雨よりもましな気がしていた。それは多分、日和が落書きしてくれたあの傘があるからだと思う。
僕は、あの傘の星たちや月を思い出して心が温かくなった。
それと同時に、しばらく戻らないだろう日和を想い、寂しくもなった。
誰にともなく、いい訳してみる。
遅くまでやっているそのカフェは、路地の裏っかわにポツリとあるせいか、灯る店内の灯りが寂しさを強調している気がした。その分、あまり混み合うことがないから居心地はいい。
紘は、この前会った時よりすっきりとした顔をしていた。散っていく桜に負けないような、潔い何かをしたのかもしれない。ただ、目の下に出来たクマは、疲れと睡眠不足で色を濃くしている。
帰って寝たほうがいいんじゃないの? 喉元まで出かかった時、一組の客が店内に入ってきて視線を奪われる。そして僕は、紘への言葉を飲み込んだ。
日和……。
何日ぶりだろう。いや、何ヶ月ぶりだろう。寒い季節は当に過ぎていたし、桜もすっかり散ってしまっていた。外からは微かに雨の匂いも近づいてきていたから、少なくとも半年以上ぶりだと思う。
余りに突然の再会で、僕は言葉もなくしたまま、視線だけが日和を求め追っていた。
日和は相変わらずのジーンズに、くたくたのロンTを着ていた。唯一違っていたのは、足元で。そこには、真新しいコンバースが、眩しいくらいの白さを見せ付けていた。
「穴……、開いたんだ」
ボソリと零した僕の言葉に、紘が、え? なんて顔をする。それからキョロキョロと自分の服や履いているパンツを見て、穴なんて開いてねーしと僕に抗議した。
僕はそんな紘の言葉に相槌を打ちながらも、日和を目で追い続けていた。だって、日和は男と一緒だったから。
一緒に居る隣の男はとても優しそうな顔をした青年で、伊達眼鏡のような黒縁の眼鏡がよく似合っていた。日和よりも頭半分くらい大きい黒縁眼鏡の青年は、僕や紘には目もくれず、日和だけを見て話をしていた。その瞳は、とても優しい。
「愛されてるんだ」
また、ボソリと洩らした僕の言葉に流石の紘も気づき、視線を辿って首を巡らせ二人を見た。
「知り合い?」
知り合い?
うん。
そう。
知り合い。
僕が大切に想う人。
心の中では応えていたけど、どうやら声になっていなかったみたいだ。
紘は僕が何も応えずにいると、また日和に視線を戻した。
「あの子、可愛いな」
少しだけ軽く言って笑う。
そっか。日和は、可愛いのか。気がつかなかったな。
確かに、日和は華奢で細っこいけど、胸はそこそこある。お尻はちっちゃ過ぎる気もするけれど、腰がくびれているからそれも感じさせない。頭もちっちゃいし、鼻の穴もちっちゃい。
その代わりみたいに目は二重で大きくて、ソファの上で丸まる姿は、炬燵の傍でぐっすり眠る猫みたいだって思う。
そんな猫の日和と黒縁眼鏡の青年は、楽しそうに会話をしている。会話の内容までは聞こえてこないけれど、仲が良さそうなのはどっから見ても明らかだった。
そんな姿を見て、まだしばらく日和は戻ってこないかもしれないと痛む心で思った。
日和と黒縁眼鏡の青年は、テイクアウトでコーヒーを頼んでいた。
レジで店員さんが屈託のない笑顔を向けて、ありがとうございました。って言うと、日和は、素敵な笑顔ね、って言ったあとに、負けないくらいの笑顔でありがとうを返していた。
素敵な笑顔ね。なんて他の人が言ったらなんだか嫌味に感じるような気もしたけれど、日和が言うことによって少しも嫌味なんかじゃなく、それどころか、ありがとうって言われた店員さんの心が幸せ色に染まっていくのを感じ取れた。
深夜まで、お疲れ様。
日和のありがとうと笑顔には、そんな気持ちが込められているって、店員さんにも伝わったんだろう。僕は、日和のそんなところが好きだと思った。
「今の、いいな」
クマを作った紘の目元が綻んだ。紘にも、日和が作り出した幸せ色が伝染したみたいだ。
コーヒーを受け取った日和は、僕の存在に気付いていないみたいにそのまま黒縁眼鏡の青年と店を出て行った。でも、それは気付いていないみたいに装っているだけで、本当は気付いているんだって僕には解る。だって、カフェを出て行く日和の背中がそういっていたから。
日和は、僕が友達と一緒にいる時間を邪魔したくなかったんだ。日和は、そういう奴なんだ。
僕は、そんな日和の事を解っている。
日和と青年がいなくなってから、数分で僕たちも店を出た。外はなんとなく湿っぽい気がして、夏の前のあの鬱陶しい季節がやってくる事をイヤでも解らせた。
それでも、今年の梅雨は今までの梅雨よりもましな気がしていた。それは多分、日和が落書きしてくれたあの傘があるからだと思う。
僕は、あの傘の星たちや月を思い出して心が温かくなった。
それと同時に、しばらく戻らないだろう日和を想い、寂しくもなった。