27.日和!?

文字数 1,321文字

 翌日、日和は帰ってこなかった。色んな事をやめると言っていたから、それらを整理しにあのマンションへと戻っているのだろうと僕は思っていた。
 言い訳のようだけれど、僕は仕事でバタバタとしていたし、日和が何も言ってこないうちは何を手伝えばいいのかも思いつかない。だから僕は、ただその忙しさに毎日浸っているばかりだった。
 多分、千葉君が手伝っているだろう、とのんびり考えていたほどだ。
 一週間ほどが過ぎて、それでも日和が現れないことに流石の僕も首を傾げ始めた。
 日和のためにと冷蔵庫の中には季節限定缶チューハイのマンゴーが入ったままで、一緒に買った僕の缶チューハイだけが日々減っていった。
 減ってしまったチューハイとビールを買うために、あの樽のような店主が居る酒屋さんへ向った。
 暑さは随分と和らいできてはいたものの残暑はまだまだ厳しくて、歩いているうちに汗が首筋を伝っていった。
 酒屋の看板が見えてきた頃、偶然にも千葉君と再会した。
 彼は真っ白なTシャツに初めて見かけたときと同じ、黒縁の眼鏡をかけ細身のジーンズを履いていた。足許のコンバースは、日和と色違いのものだった。そして、手には優しい色の花たちが握られている。
「……こんにちは」
 元気を取り戻したはずの千葉君が、元気のない顔で戸惑い気味に僕に挨拶をしてきた。
 僕は千葉君の手に握られている花束とその様子に、また身近で大切な誰かが亡くなったんじゃないかと一瞬想像し、直ぐにその考えを振り払った。
 人の死は、そんなに簡単に持ち出すものじゃない。
「日和、元気にしてますか?」
 僕は、挨拶を返したあとにそう訊ねた。だって僕は、千葉君のところへ日和が行っているものだ、とすっかり思い込んでいたのだから。
 僕の質問に、千葉君の顔色がさーっと引いていく。驚いたというよりも動揺しているといっていいその表情に、僕は厭なものを感じた。
 なのに、感じたその厭なものに気付かないふりをして、僕は会話を続けた。
「実家、引き払うとか言い出して。荷物の片付け手伝ったり、大変じゃないですか?」
 訊いている質問はよくある引越の話だというのに、僕の声は厭なものに感づいているせいか震えてしまって仕方ない。誤魔化しきれない顔の表情だって、きっと千葉君に気付かれているはずだ。
「あの……。日和ちゃんは……」
 不安そうに瞳を瞬かせながら、千葉君は話すべきかどうか迷っているように手を口元に持っていった。すると、その持っていった手の隙間に、雫が降る。
 千葉君が、泣いている……。
 僕の鼓動が速まっていった。千葉君の涙と先を話そうとしないその態度に、僕の心には黒い雲が覆いかぶさり、今にも地響きのような雷と共に、しつこく纏わりつくような雨を降らせようとしていた。
 日和に、何かあった?!
 気がつけば千葉君の両肩をきつく握り、ガシガシと揺さぶりながら、要領を得ない言葉で、ひたすらに今日和がどこにいるかを強い口調で問い質していた。
 千葉君は、零れる涙に声を震わせながら大きな病院の名前を口にした。
 僕は、焦りと不安でどうにかなりそうな体を無理やり動かし、急いで病院へと足を向けた。
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