10.ありがとうの記憶

文字数 1,188文字

 帰り道。
「金平糖はさ、缶詰じゃなくて壜だよな」
 僕は、さっき日和が買ったTシャツに描かれていた絵の事を話す。
 僕が知っている金平糖ってやつは、壜に入っている。透明な壜に詰められた、カラフルな甘い砂糖菓子は子供心をくすぐる。商店街の小さな店や、日曜ごとに行われるような小さな縁日で見かける金平糖。砂糖菓子は特に好きなわけじゃないから自分で買った記憶はないけれど、眺めている分には色とりどりのその色は心を軽く弾ませる。
 日和は、少しだけ考えるようにしてから僕の質問に応えた。
「缶の方が、びっしり詰まってる感がある」
 もっともらしい顔で言われて、僕は思わず納得してしまう。だから、あの絵の缶詰からは、金平糖があふれ出しているのか。なんて、思ってしまった。
 その直ぐあとに、あれ? もしかして、さっきのは駄洒落だったのか? なんて思ったけれど、違っていたら恥ずかしいので黙っておいた。
 色とりどりの甘いだろう金平糖は、日和のTシャツの中で騒ぎ立てるように溢れだしていた。抑えきれないたくさんの想いを伝えたいみたいに、Tシャツの中でたくさんの色を散らしていた。
 それがなんだか眩しいような、羨ましいように捉えられるのは、僕が余り社交的なほうではないからだろうか。きっと、この絵の金平糖のように、僕の心の中にはたくさんの伝えたい何かが、ウズウズとしながら潜んでいるのだろう。けれど、それを伝えるほど器用じゃない僕は、金平糖をまき散らすことができなくて、一粒一粒こっそりというように口に含むんだ。
 途中、酒屋でビールを買う事にした。
 腰に前掛けをしたおっちゃんは、「らっしゃい」と図太い声と樽のような体で僕たちを出迎えた。その前掛けには、相撲取りがしこを踏んでいる絵が描かれていて、その絵とおっちゃんがあんまりにもそっくりで日和と声を殺して笑った。
 もしかしたら、わざわざおっちゃんをモデルにして作られた前掛けじゃないか、と思うくらいに似ていた。
 日和が久しぶりに帰ってきたから、僕は発泡酒じゃなくてちゃんとしたビールを選んだ。しかも箱買いだ。レジへ二十四缶入ったビールの箱を持って行くと、おっちゃんが重くて破れないようにと袋を二重にしてくれた。
 その気遣いに、ありがとうって思ったけど、巧く口にできなくているうちにおつりを手渡されてしまった。せめてものって訳じゃないけど、僕はレジ横の募金箱にそのおつりを全部入れた。
 おつりは、カチャンともチャリンとも違う、硬い音をいくつか立てた。
 日和は、僕の代わりに、ありがとう、をおっちゃんに返していた。
 僕の頭の中には、日和の“ありがとう”がたくさん記憶されていて、今また一つそれが増えた。
 今日のありがとうも幸せ色は濃くて、とても心地よかった。おっちゃんの、また来てよ。って笑う顔が、僕らを笑顔にさせた。
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