第15話 マリア14

文字数 2,385文字

「これ、なに?」
「チャット」
 ミチルは慣れた素早さでキーボードを叩くと、ゲームの世界が消えた。
「その書いてること」
「さっさと出てって」
「見えない何かにコントロールされてるって、何?」
ミチルは少し考えて一言、「悪魔みたいなもの」と言った。ぞくりとした。トモエに今感じているのと同じ種類の不安が高まってくる。トモエの言う『悪いやつ』と、もしかしたら同じ意味なのじゃないんだろうか。

「ちょっと貸して」
「いや」
 ミチルの拒否を聞く前にもう、私の手はキーボードを打っていた。
「ネットで何を見ようっていうの?」
ミチルは止めようとしたが、私がサヨコからメールで教えてもらったサイトのアドレスにアクセスして、そこが開くと、急に黙った。

 サイトのトップには獣のような顔がコラージュされてあった。

 たくさんの人がやってくるらしいそのサイトは、アクセス数がすごかった。世の中の超常現象、心霊現象などいろいろな不思議なことについて、解説やビューワー投稿もある。
 管理人は『サードアイ』という名前だった。様々な書き込みがある。そこに悪いやつにとり憑かれた場合のお祓いの仕方について、質問を書いた。

 そしてそのサイトをいろいろ見る。超能力は誰にでも使える可能性があり、脳にはその機能が備わっているのだが、ほとんどの人がその使い方を知らないと書かれていた。それが使えるようになるトレーニング方法もある。やって来た人たちの書いてあるものを読むと、ここの管理人はすごく崇拝されているような印象だった。オカルトというより、人生悩み相談に答えるカウンセラーのような感じだ。

 まるでいつでも見ているかのように、はやくも管理人『サードアイ』からの返信があった。
『こちらへメールを』と、書かれてあった。
「誰?この人って」
ミチルが気味悪そうにたずねた。

 待ち合わせのカフェに、マシタはすぐにやって来た。彼もまたこの事件について調べていた。
「靴にも手にも土がついていたそうだ。なのに、パジャマにはついてなかった」
「別のところで刺された?」
「別で刺して、家の庭にまでわざわざ運ぶのはあり得ないと思うよ。それに靴はちゃんと玄関にあった」
「やっぱり刺したのは行方不明の暮田伸哉なのかな」
「小島ユウキとは時々いっしょにいるところを目撃されているから、知り合いなのは確かだ」
コージが言っていたことを思い出した。
「恨みをかうような悪いことしたか、もしかしたら、それで仲間割れしたのかも。でも…」
「どうした?」マシタは私の歯切れの悪い言い方を気にした。

 紙を出す。『サードアイ』からのメールの返信を、プリントアウトしてきたのだ。指定されたアドレスへメールして、友達のトモエと弟ユウキの件について事情を言うと、すぐに返信がきた。そこにはトモエからというメールと『サードアイ』の返答があった。
  
 『コワイよ。すごくコワイものがいる
  弟が危ない
  どうしよう どうしたら 助けなければ
  タスケテ』
  
  『集中しなさい 神聖なものがやってくる
  自分の声だけ聞くように
  自分の意志が勝つように』


あの明るい、話好きなトモエのイメージはここにはなかった。
「トモエはユウキくんが殺されそうなことを知ってたんだよ」

 そう言ったとき、見覚えのある顔を見た。いくつかのテーブルの向こうに座っていた女性と目が合う。

『マシタから離れなさい』と、病院で言ったあの女だった。女は人さし指を自分の口に押し当てた。そして、席をたつと私に向かって歩き出した。
「やっぱりこれにも、キャロリーンは関係してるの?」
女はどんどん近づく。私は自分の鼓動が早まっていくのがわかった。
「いや、それはわからない。その持ち出されたものを確かに見つけないと、はっきりとは言えない」
マシタはずっと自分をつけているその女のことを、知らないようだった。
 女が目の前までやって来た。が、女はそのまま通り過ぎ、店を出て行った。

 女が出て行った空気を背中で感じると、なぜかほっとした。彼が正しいのか、あの女が正しいのか、よくわからない。だが、目の前にいるこの男は確かに、自分の不安な心を救ってくれているのだ。

「持ち出されたって、どんなふうに?」
「胞子さえあればいいから、ごく小さな容器でいいだろう」
「どんなふうに見えるの?普通に苔に見える?」
「育てばね」
「水に入れてたりしてもいいわけ?」
「そうだな、なんでも…なぜ?」
彼はいぶかしげな顔をした。
「あの瓶の水…」
 本当にふと口に出た言葉だった。なにかずっとひっかかっていた。
「水?」
「コージが福袋だって買った黒い鞄に入ってたんだけど…そうだ」
私はさっきからずっとひっかかっていたものに思い当たった。

「ミチルは“悪魔のようなもの”、トモエは“コワイもの”って言ってるよね。それで『サードアイ』は“神聖なもの”って言ってる。それ、その瓶といっしょに入ってた紙切れにも似たような言葉があった。たしか“聖なるもの”がどうとかって…」
黒い鞄を開けたときに、何か書かれたひきちぎったような紙切れを見たのを思い出した。

「それはどこに?」
マシタが身を乗り出した。
「やっぱりあれは苔と関係があったの?」
「わからない。見てみないと。どこにあるんだ?」
彼は何かを隠しているようだった。ふと、私の中で疑念が生まれる。もし、彼があの女の人がいうように危険な人だったら、自分は何かマズイことをしているのかもしれない。

「瓶はコージがもう捨てたって、あの紙は…」
すっかり忘れていた。あのときのことを思い出そうとするが、どうしたのかわからなかった。
「コージに聞いてみないと」
「聞いてみよう。それと、その『サードアイ』という人にも会ってみたいね」
彼はすぐに立ち上がった。だけど、私はすぐには立てなかった。まだこの男がよくわからないでいる。
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