第5話 流木
文字数 1,652文字
「ほんとに当たるのかなあ」
アイラが思い出したようにプッと笑うと、そう言った。何を連想したんだろう。何がどうやって彼女の中で化学変化して、笑いに転じるのかわかんないけど、アイラはプッと笑うことがある。
彼女とはいっしょのクラスで、こうしていっしょにいるけど、特別な友だちってわけじゃない。どっちかっていうと彼女はトモエにくっついてた。だからなんとなくアイラもいっしょの輪の中に入ってるって感じかな。
アイラはおとなしくていつも曖昧な言い方をするから、私の言うことにうなずいてるのか、そうでないのかはっきりわからなかった。
「ぜったい当たるんだって」
「へぇ…」と、またアイラは笑った。彼女は笑顔で何でも受け入れてくれるから、ある意味つきあいやすかった。誘いやすいっていうのかな。
その前の日、ちょうど塾から帰ったとき、お父さんとお母さんが台所で話しているのが聞こえた。隣りの家の守木さんの奥さんが突然いなくなり、テーブルの上には彼女の署名入りの離婚届が置いてあったという。
その朝、私が学校へ行こうとした庭先で会って挨拶したときは、いつもと変わりなかった。奥さんはよく、守木さんと2人で庭の手入れをしていた。40歳代で子供はいなかったけど、どこの夫婦よりずっと仲良さそうに見えた。彼女は油絵を描いていて、県の展覧会で何度も賞をとるほどだった。また、建設会社に勤める夫の守木さんが、ついこのあいだ絵を初めて大きな展覧会に出品して賞をとり、表彰式に2人で出席したことを、うちのお母さんに嬉しそうに話していた。別れようかなんて悩んでる雰囲気はぜんぜんなかった。
風呂のお湯がたまってないという不満げな父親の声を聞きながら2階へ上がり、妹に森木さん夫婦のことを話したら、彼女は「あっ」と声を上げた。中学2年の妹ミチルは、家にいるときはいつもパソコンに熱中しているけど、そのときは別だった。
「当たった!それ、そのことだったんだ!」
妹はレンタル店の店員に、あなたの近くの人がいなくなると『予言』されたという。その店員は手に触れると、その人の未来が見えるんだそうだ。で、いなくなったのは隣りの家の奥さん。私は予言が当たったなんて妹みたいに無邪気に信じれないけど、興味がわいた。試してみたいと思ったんだ。これから起こる、アイラが死ぬのは本当なのか。
やっと私たちの前の客が済んだ。カウンターの店員と目が合う。この男なんだ。ひょろりとしてちょっとネコ背、伸びた髪が目にかかっているこの『予言者』にがっかりしながら、コミックを差し出した。アイラも疑わしさを確信したような目つきで私を見た。
「あさっての返却でいいですか?」
男は手慣れた様子で作業する。店内のテレビの画面では、映画の予告編が流れている。
「そんなに見たい?」
一瞬、耳を疑った。が、男は画面を見て照合している。男がレシートを差し出した。受け取ろうとしたとき、男が私の手を掴んだ。
「とき、ところ、法則は違うが、きみらは殺される」
男の目は暗く、深い。あわてて男の手をふりほどくと、出口に向った。明らかに私は動揺していた。
前にあるテレビ画面の映画の予告には川が映っていた。底まで見えるきれいな川に、ゆらめく人の手。途中でひっかかったままの水死体が、ひきあげられるところだった。
はっとして見入る。その死体の顔は私だった。
カウンターを振り返ると、男はじっとこちらを見ていた。唇の端には笑みさえ見える。
「どうしたの?ヒジリ。肝心なもの忘れて」
アイラが私が借りるコミックを持って来た。
「それに、予言をしてもらうのも忘れて」
「さっき、聞こえなかった?」
アイラは隣りに、すぐ側にいたのに聞こえなかったんだろうか。
「普通の店員じゃないの、あの人」彼女はまたプッと笑った。テレビの画面には、太った男の死体がひきあげられようとしているのが映しだされていた。
なんともいえない感じだったのを覚えてる。何だか、コージが持ってきたあの瓶に顔を近付けたときに感じたものと、似ている気がした。
アイラが思い出したようにプッと笑うと、そう言った。何を連想したんだろう。何がどうやって彼女の中で化学変化して、笑いに転じるのかわかんないけど、アイラはプッと笑うことがある。
彼女とはいっしょのクラスで、こうしていっしょにいるけど、特別な友だちってわけじゃない。どっちかっていうと彼女はトモエにくっついてた。だからなんとなくアイラもいっしょの輪の中に入ってるって感じかな。
アイラはおとなしくていつも曖昧な言い方をするから、私の言うことにうなずいてるのか、そうでないのかはっきりわからなかった。
「ぜったい当たるんだって」
「へぇ…」と、またアイラは笑った。彼女は笑顔で何でも受け入れてくれるから、ある意味つきあいやすかった。誘いやすいっていうのかな。
その前の日、ちょうど塾から帰ったとき、お父さんとお母さんが台所で話しているのが聞こえた。隣りの家の守木さんの奥さんが突然いなくなり、テーブルの上には彼女の署名入りの離婚届が置いてあったという。
その朝、私が学校へ行こうとした庭先で会って挨拶したときは、いつもと変わりなかった。奥さんはよく、守木さんと2人で庭の手入れをしていた。40歳代で子供はいなかったけど、どこの夫婦よりずっと仲良さそうに見えた。彼女は油絵を描いていて、県の展覧会で何度も賞をとるほどだった。また、建設会社に勤める夫の守木さんが、ついこのあいだ絵を初めて大きな展覧会に出品して賞をとり、表彰式に2人で出席したことを、うちのお母さんに嬉しそうに話していた。別れようかなんて悩んでる雰囲気はぜんぜんなかった。
風呂のお湯がたまってないという不満げな父親の声を聞きながら2階へ上がり、妹に森木さん夫婦のことを話したら、彼女は「あっ」と声を上げた。中学2年の妹ミチルは、家にいるときはいつもパソコンに熱中しているけど、そのときは別だった。
「当たった!それ、そのことだったんだ!」
妹はレンタル店の店員に、あなたの近くの人がいなくなると『予言』されたという。その店員は手に触れると、その人の未来が見えるんだそうだ。で、いなくなったのは隣りの家の奥さん。私は予言が当たったなんて妹みたいに無邪気に信じれないけど、興味がわいた。試してみたいと思ったんだ。これから起こる、アイラが死ぬのは本当なのか。
やっと私たちの前の客が済んだ。カウンターの店員と目が合う。この男なんだ。ひょろりとしてちょっとネコ背、伸びた髪が目にかかっているこの『予言者』にがっかりしながら、コミックを差し出した。アイラも疑わしさを確信したような目つきで私を見た。
「あさっての返却でいいですか?」
男は手慣れた様子で作業する。店内のテレビの画面では、映画の予告編が流れている。
「そんなに見たい?」
一瞬、耳を疑った。が、男は画面を見て照合している。男がレシートを差し出した。受け取ろうとしたとき、男が私の手を掴んだ。
「とき、ところ、法則は違うが、きみらは殺される」
男の目は暗く、深い。あわてて男の手をふりほどくと、出口に向った。明らかに私は動揺していた。
前にあるテレビ画面の映画の予告には川が映っていた。底まで見えるきれいな川に、ゆらめく人の手。途中でひっかかったままの水死体が、ひきあげられるところだった。
はっとして見入る。その死体の顔は私だった。
カウンターを振り返ると、男はじっとこちらを見ていた。唇の端には笑みさえ見える。
「どうしたの?ヒジリ。肝心なもの忘れて」
アイラが私が借りるコミックを持って来た。
「それに、予言をしてもらうのも忘れて」
「さっき、聞こえなかった?」
アイラは隣りに、すぐ側にいたのに聞こえなかったんだろうか。
「普通の店員じゃないの、あの人」彼女はまたプッと笑った。テレビの画面には、太った男の死体がひきあげられようとしているのが映しだされていた。
なんともいえない感じだったのを覚えてる。何だか、コージが持ってきたあの瓶に顔を近付けたときに感じたものと、似ている気がした。
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